■伝統野菜を復活させコンビニ商品に
きらめき久美ファーム
山田久美子
未来に向け懸命に生きる県民を紹介する、新連載「山梨懸人」。
1回目は、農業に魅せられた女性のストーリー。
江戸時代からの伝統野菜を復活させただけでなく、その野菜の使い方を変えてビジネス化した。
商品は、11月ごろからコンビニの店頭に並ぶ。
◇裁判員の経験から一念発起した
甲府市内の公民館で5月、セブンーイレブン・ジャパンの担当者と県庁職員が向き合う場に、山田久美子さんは同席していた。机の上には試作品がずらり。「長禅寺菜」の商品化が検討されていた。
大手コンビニの商品に採用される野菜をつくっていると聞いて、山田さんをベテラン農家と思ったアナタは早合点。山田さんが農業を始めたのは2020年9月のことだ。
兼業農家の家に育ち、畑に出るのが大好きな子だった。山梨学院短期大学に進んで栄養士の資格をとり、病院や企業で働いた。2002年の結婚後は夫が経営する電気工事会社で経理の仕事を任されていた。
そんなある日、1通の封書が届いた。裁判員に選ばれたという知らせだった。
担当したのは家族内の殺人事件。背景には障害、孤立などの要因が複雑に絡み合っていた。
「罪は許されない。でも、人間はみんなひとりじゃない。被告に相談相手がいれば殺害された人の命を救えたかもしれない」
人と人をつなげたい。そう考えた先に、農業があった。
「昔、親の手伝いをしているとき、本当に楽しかった。畑にいると、生きている感覚を味わえる。農業をしたいという思いが止められなくなりました。農業は人が集まってつながり合う場にもなるから」
実家近くのブドウ農家が栽培をやめると聞き、思い立った。栽培方法を教わって毎日朝から畑に出た。農繁期の夜は、ヘッドライトを着けて農作業をした。
福祉事業所で働く人やひきこもりがちな人と一緒に農作業をした。みんなの笑顔や懸命な姿が、山田さんの生きる栄養になった。
2022年9月、古長禅寺(南アルプス市)の住職から、山梨の伝統野菜「長禅寺菜」の種が途絶えてしまうので一緒に普及活動をしませんかと話があった。
長禅寺は信玄公が定めた「甲府五山」の一つだが、江戸時代にはすっかり荒廃。そこで、カブの仲間である野菜・長禅寺菜の収益で寺の再興を果たした。
その長禅寺菜が絶滅の危機にある。山田さんは早速、福祉事業所の人に声を掛けて栽培を始めた。
◇炒め菜にしてビジネス化
長禅寺菜はそれまで漬物用の野菜として流通してきたが、知り合いから「ペペロンチーノにするとおいしいよ」と聞いて「炒め菜」として使えないかと考え、おやきなどを試した。評判は上々だった。
漬菜の野沢菜(5キロ=約300円)と同程度だった長禅寺菜の価格は、250グラム=150円と10倍以上に。炒め菜にしたことでビジネスとして成り立つようになった。
県とセブンーイレブンは地域の活性化や災害時の対応などについて「包括連携協定」を結んでいる。セブン側は山梨の地産地消やオリジナル商品の開発を県農政部に相談し、山田さんとつながった。
試行錯誤を繰り返した商品開発もようやくめどが立ち、11月ごろから長禅寺菜が使われた惣菜が県内の全店舗に並ぶ予定だ。
山田さんが営む「きらめき久美ファーム」は夫の電気工事会社の農業事業部だ。2023年2月に事務所兼加工場をつくった。
「いろいろな人とつながれば何かが起きる。これからも前を見て止まらずに進みます」
今後7年間のうちに、きらめき久美ファームを農業法人にしたいと考えている。
◆ここがヒント
山梨県は、さまざまな資源の価値を高める施策を実施しています。観光名所や地元特産品にいま以上の価値を持たせることで、地元で暮らす人の収益が高まるようにする。結果として、多くの人たちの豊かな暮らしが実現すると考えているからです。また、「開(かい)の国」を県政の柱に据え、国籍、性別、年齢や障害の有無などを問わず、誰もが活躍できる社会づくりを進めています。
◆HISTORY
・1977
南アルプス市生まれ
・1997
短大を経て栄養士になり、病院や企業で働く
・2002
結婚し夫の会社で経理の仕事
・2020.9
農業を始める
・2022.11
長禅寺菜の栽培を始める
・2024.11月ごろ
セブンーイレブンで長禅寺菜を使った商品発売開始(予定)
<この記事についてアンケートにご協力ください。>