■とみかの宝「夕田墳墓群」と「半布里戸籍」
「夕田墳墓群」とは、富加町夕田地区の丘陵上に所在する夕田茶臼山古墳、蓮野1号墳、杉洞1号墳の3基からなる墳墓群です。
町教育委員会では、これらの築造時期や規模、構造を明らかにするため、平成21年度から24年度にかけて夕田茶臼山古墳、28年度に杉洞1号墳、29年度に蓮野1号墳の発掘調査を行いました。その結果、弥生時代終末期から古墳時代初頭にかけて連続して築造された首長墓群の可能性が高いことが分かり、令和4年11月10日、夕田茶臼山古墳と蓮野1号墳が国史跡に指定されました。
■夕田茶臼山古墳からの眺望
丘陵上にある夕田茶臼山古墳からは、富加町の街並みが望めます。特に墳頂部西側からの眺めは美しく、冬場には金華山や雪化粧した伊吹山も見渡せます。
■現存する最古の戸籍「半布里戸籍」をひも解く
半布里戸籍は、西暦702年に作られ、奈良正倉院に現存する最古の戸籍です。
戸籍には全部で54戸、1119人の名前・続柄・年齢などが記されています。「半布里戸籍」をひも解くと、古代の「ムラ」の様子や家族構成、さらには生活のあり方まで詳細に知ることができます。
また、現在の富加町役場及びその周辺にある東山浦遺跡と羽生遺跡では、発掘調査により150棟を超す竪穴建物跡や古代の倉庫跡など、「半布里戸籍」とほぼ同時代の「ムラ」の跡が見つかりました。
■土器に書かれた文字「里刀自」が示すもの
昭和51年の役場建設の際に発見された東山浦遺跡では、「里刀自(りとじ)」と墨で書かれた須恵器が出土しました。里刀自とは、巫女や里長の妻などの特別な女性や、村の農事においてリーダー的な役割を果たしていた女性を指すと考えられています。
この須恵器の皿は、半布里戸籍より半世紀以上新しいものですが、これにより、こうした女性有力者が古代のとみかに住んでいたことがわかります。
※詳細は、本紙またはPDF版をご覧ください。
■「清流の国ぎふ」文化祭2024関連事業 とみか歴史シンポジウム
日時:2024年10月20日(日)12:30~16:30(開場12:00)
場所:タウンホールとみか大ホール
ロビーにて
関高校地域研究部
ポスターセッション
12:00~終演まで
国史跡夕田墳墓群の保存活用計画について
富加町教育委員会文化財専門官
▽基調講演「前方後円墳への道―夕田墳墓群の歴史的意義―」
広瀬和雄氏 国立歴史民俗博物館名誉教授
▽講演「とみかの古墳の魅力とはなにか―美濃の終末期古墳からみた井高1号古墳の評価―」
中井正幸氏 岐阜聖徳学園大学特別研究員
▽講演「加茂郡域の古代史料へのアプローチ」
早川万年氏 元岐阜大学教授
トークセッション
※当地域の歴史遺産の魅力と未来像について、講演者による座談
主催:文化庁、厚生労働省、岐阜県、「清流の国ぎふ」文化祭2024実行委員会、富加町、「清流の国ぎふ」文化祭2024富加町実行委員会
共催:半布里文化遺産活用協議会
お問合せ:富加町教育委員会(タウンホールとみか)
【電話】0574-54-2112(9:00~17:00)
休館日:月曜、祝日の翌日(月曜が祝日の場合はその翌日)
「国史跡夕田墳墓群」、「点在する古墳群」、「半布里戸籍」の3つの歴史事象をテーマに、シンポジウムを開催します。
ご参加のみなさんには、資料集「はじめてのとみか古代史ブック」をプレゼントします。ぜひ富加町の歴史ロマンにふれてください。
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