■物語(5)
日暮別邸記念館
元禄4(1691)年に開坑された別子銅山は、明治の近代化により急速な発展を遂げましたが、その副作用として、新居浜で煙害問題が深刻化しました。
その問題を解決するために、製錬所を新居浜から20km離れた四阪島に移転し、建設されたのが四阪島製錬所です。
「日暮別邸(ひぐらしべってい)」は、その四阪島製錬所が操業を開始した翌年の明治39(1906)年に、当時の住友家第15代当主友純(ともいと)の命により四阪島に建設された住友家の別邸でした。製錬所を見通せる立地であったことから、当主の煙害克服に対する強い思いの表れであったともいわれています。
煙害は、昭和14(1939)年に完全解決されましたが、問題の本質的解決を追求し続けた取り組みは住友の事業精神そのものであり、その姿勢は今日の住友グループ各社に連綿と受け継がれています。
老朽化していた「日暮別邸」は、平成30(2018)年、住友グループ20社により新居浜の星越山に移築・復元され、住友の工場群と住友山田社宅跡を一望できるようになっています。現在、住友の煙害克服や四阪島にまつわる歴史を伝える「日暮別邸記念館」として一般公開されています。
問合せ:別子銅山文化遺産課
【電話】65-1236
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