■大衆に支持されたひな人形・三河土人形
土人形は粘土を型取りし、素焼きをした後、泥絵具で表面を塗った人形で、歴史上の英雄や歌舞伎の役者、武者などがあり、それぞれ特色や個性があります。
三河地域の主な生産地は、現在の碧南市一帯でした。ここは三州瓦の産地として栄えた地域で、良質な粘土を産出し、瓦作りの技術や職人の存在により土人形の産地となりえたのです。この他、西尾・岡崎・豊川・豊橋・田原などでも土人形が作られました。
田原で作られた土人形は、江戸時代後期に渡辺崋山が招へいした大蔵永常(おおくらながつね)が指導にあたったものです。永常は、安政6(1859)年に刊行した『広益国産考(こうえきこくさんこう)』の中で、農家の副業として土人形の製造を奨励しています。田原で焼かれた土人形は、多くは無かったものの、実際に使用されたと思われる型などが見つかっています。
この地方のひな祭りの中心として愛された土人形は、明治の中頃から大正時代にかけて徐々に内裏ひな人形に主役の座を譲りますが、安価に手に入る土人形は、庶民の味方として昭和の初め頃まで飾られ続けました。大正・昭和になり、ラジオや映画など娯楽の多様化と、芝居熱の低下、人々の生活レベルの向上などもあり、その姿を消していきました。
今年も渥美郷土資料館では「ひな祭り展」(~3/17まで)、田原市博物館では「ひな人形と初凧展」(2/10~4/7まで)を開催します。両会場ともに土人形も飾られます。ぜひ、ご覧ください。
(学芸員 天野敏規)
問い合わせ:
文化財課(博物館)【電話】22-1720
吉胡貝塚資料館【電話】22-8060
渥美郷土資料館【電話】33-1127
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