立春、雨水、啓蟄と、徐々に春が深まってまいりました。もう霜の心配もないので、冬越しのため、部屋の片隅に置かれ窮屈な思いをしているお花たちも、そろそろ家の外に並べてあげられそうですね。亜熱帯・熱帯から日本に渡って来た植物では、このように日本の冬を戸外で越しづらいものが多いのですが、その一つで、この時季に花を咲かせるのがクンシランです。
クンシランは、南アフリカ原産のヒガンバナ科クンシラン属の総称です。「そうなの?君子蘭と漢字で書くから、てっきり中国のものと思ってたよ!」ええ、そう思っちゃいますよね~。クンシラン属の英名はクリビア(Clivia)で、『牧野植物全集』(誠文堂/昭和10)によると、クリビアが日本へ渡来したのは明治初期で、それがnobilis(ノビリス)という種であり、nobilisの意味を「君子」と解釈することもできたことから、この漢字名称が帝国大学植物学教室の助教授、大久保三郎によって、クリビア‘ノビリス’の和名として付けられたようです。ただし、今日私たちが目にするクンシランの多くは、これとは別の種であるクリビア‘ミニアータ’(Cliviaminiata)あるいはその交配種です。「君子蘭の名前のもとになった種が別物になっちゃったってこと?」はい、花が垂れ下がるノビリスよりも、上を向いて咲くミニアータの方が観賞性で大きく優っていたので、急速にミニアータが普及し、クンシランの代表になってしまいました。
クリビア協会(The Clivia Society)によれば、ミニアータは1850年頃、当時の南アフリカ連邦ナタール州で発見され、これをヨークの園芸家が輸入し、1854年ロンドンの園芸協会会合で展示されました。この植物を見た当世イギリスの偉大な植物学者でクリビア‘ノビリス’の命名者でもあるジョン・リンドレイは、これがクリビア‘ノビリス’に似てはいるものの、花はVallota‘speciosa’という植物により近いことから、ヴァロータ属に分類し、その色合いからミニアータ(鉛丹色=鮮やかなオレンジ色)と名付けました。しかし、1964年ドイツの植物分類学者エドゥアルト・レーゲルによって、この植物がクリビア属の一種であることが突きとめられ、脚光を浴びてから10年後、やっと本名のクリビア‘ミニアータ’を授かったということです。「ほ~、イギリスにも偉い人のやらかした逸話はあるんだね~」はは、偉大がゆえにこういった話も残っちゃうんでしょうね。ってところで字数がいっぱい。それではまたお会いしましょうー!
執筆 愛知豊明花き流通協同組合 理事長 永田 晶彦
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