■防災対策について
大木:
地震学者として自分自身が行っている対策ですが、例えば通勤中に被災する可能性も考えて、持っていないと本当に困る最低限のものを防災ポーチに入れて持ち歩いています。自宅では、家具自体をなるべく減らした上で、家具を固定して定期的に確認しています。備蓄は、ローリングストックで用意しています。例えば、発災した日の夜はコンロで豆乳鍋にすると決めています。豆乳は常温で長期間保存できるためです。アルファ米などは賞味期限が長いのでストックしていて、買い替えのタイミングはオリンピックイヤーにするというルールにしています。
小学生の息子には、両親が仕事でいない時間帯に災害が発生した場合は、学校に戻るよう伝えています。火事が発生したときに、子どもは避難するタイミングが分からないと思うんです。炎が見えていなくても、自分を中心に500メートルの範囲内に2本の煙が立った時点で避難しないと間に合いません。きっと子どもは、自分だけが家を守れる状態なのに家を捨てて逃げるということに罪悪感を持つと思うので、初めから学校に戻りなさいと伝えています。その際に着用するヘルメットとリュックはげた箱に置いてあります。自宅には耐震性があるので、基本的には自宅を最高の避難所にするという考えで、トイレも含めて準備をしているので、火災などから避難する必要がない場合は在宅避難の想定でいます。
私の研究活動として行っている防災教育は、発達段階に応じてさまざまなものを開発・実践してきました。自分の命を自分で守るという行動は、保育園児も3~4歳くらいであれば十分でき、年長の子が年少の子に指導したりすることもあります。
小学校では、安全か危険かの判断も自分でできるようにしていきます。例えば、給食中に地震が起きたら照明が落ちてくるかもしれないし、机の下に入ったら牛乳がこぼれてくるかもしれない。でも、照明がそのまま頭にぶつかるよりは牛乳がこぼれるのを我慢したほうがよい、だから机の下に隠れようと判断できるようにします。安全だと言われても安心できないのは、自分で判断する方法を知らないからです。自分に判断できることがあると思うことが安心感を高めていきます。
こうしたことから、防災教育は、文部科学省が示している探究的な学習、主体的・対話的で深い学びというものにフィットしていると思います。
晴海中学校では、けが人への対処に関する訓練を通じて、子どもたちは自分が何をすべきかといった状況認識や意思決定、それに基づいた主体的な行動を学んでいます。この学びは一市民としてすごく大事なことです。防災を通して人を育むこうした取り組みが、徐々に社会にも受け入れられるようになってきたことを感じています。
宮地:
東京都では、令和4年5月に、首都直下地震等の被害想定を10年ぶりに見直し、実際に災害が起きたときに何が起こり得るのか、時系列で整理しながら記述しています。
被害想定を考えるに当たり、100年前の関東大震災の時にはなかったマンションの影響は大きいと思います。エレベーターが停止して地上との往復ができなくなることや点検が終わるまでトイレが利用できなくなることなど、マンションで起こり得ることを盛り込んでいます。都内のエレベーターは166,000台ありますが、閉じ込めの可能性があるエレベーターは22,000台もあり、大変な数字だと思っています。中央区では、エレベーターが必要となる6階以上の居住者が、この10年で5割増え、区内居住者の6割に上ることから、マンション防災が重要だと思っています。
東京都では、マンション防災に関して3つの取り組みを進めています。1つ目は、セミナーなどの充実です。マンションの自主防災組織などにおける普及啓発や、町会・自治会への支援により、しっかりコミュニティ活動ができるよう支えています。2つ目は、「東京とどまるマンション」制度の運用です。例えば、停電時でも1基以上のエレベーターが運転可能な非常用電源が設置されていることなどの条件により登録する制度で、関東大震災100年という節目もあり登録数が増えています。3つ目は、賃貸物件のオーナーを対象に防災備蓄を購入する際の補助を行う取り組みです。こうした取り組みを通じて、安心して暮らせるマンションを増やしていきたいと思っています。
髙橋:
マンションに住んでいる方や各管理組合はそれぞれの考えを持っていて、地域と町会とのつながりにもさまざまな形があります。その中で、地域防災を進めていくに当たっては、住んでいる方々との関係構築を中心にせざるを得ないというのが現実です。いざというときに、いろいろな人たちの中で顔のつながりがあれば何とか手を差し伸べることはできますが、顔のつながりがない人もいて、いざとなったら行政が助けてくれると思っている人もいます。私自身、行政の方々とも話をする機会がありますが、発災後1週間程度は行政もなかなか動けないということを実際に経験しております。地域が動かないと防災はできないということを、もっと区がアピールする必要があると思います。
私は地域の防災訓練で、隅田川の水をろ過器でろ過して、それを飲み水にしたり、お米を炊いたり、お鍋を作って食べたりしたことがあります。実際には最後の手段だと思いますが、そういうこともできるということを地域の人たちに知ってもらうことが非常に重要だと思っています。作ったお鍋やご飯は塩味でおいしかったです。
結局は、最悪の事態を考えたときに何ができるかということを、本気で考えるのが防災だと思います。
宮地:
いざ災害が起きたときに突然力が出てくるわけではないので、体験することは大事だと思います。
顔が見える関係を築くことができているというのも、本当に困ったときにお互いの気持ちが分かることにつながると思うので、日頃からの心掛けが非常に大事だと感じました。
大木:
やはり、最悪を想定して実際に行動するということはとても大事です。
過去に起きた災害は、学校管理下外の時間帯がほとんどでした。例えば、阪神淡路大震災は明け方、熊本地震は夜に発生しています。犠牲者を伴うものについてはたくさん報道されますが、学校管理下における災害で生じた大小さまざまなけがの事例は、あまり知られていません。現実には、腰が抜けたり、過呼吸になったり、校庭への避難途中に転倒して骨折したりしています。
過去に起きた事例から実際に何が起こるかということに加え、まだ起きていなくても想定できることについては、体を動かしてやってみることも重要です。例えば、担架の正しい使い方も、実際に広げて人を搬送するという行動を通じてできるようになっていきます。
<この記事についてアンケートにご協力ください。>