■もうひとつの体 分身ロボットでの「かかわり」
◆「その場にいるようなかかわり」を実現する分身ロボット「OriHime」
もうひとつの体を目指して開発された分身ロボット。カメラ・マイク・スピーカーが搭載され、パソコンやスマートフォンなどからインターネットを通じて人間が遠隔操作で動かすことができる。操作する人のことをパイロットと呼び、北海道から東京のロボットを動かして働くなど、移動困難者でも動く自由を感じることができるので、「分身ロボット」と呼ばれている。ロボットの視野はかなり広く、周りの環境や風景も、操作するパイロットの意思でとらえることができ、「その場にいるようなかかわり」を実現している。
◇社会と関わるための分身ロボットチャレンジ
「移動困難者」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。全国で何十万人とも何百万人ともいわれ、さまざまな理由から、自力で外出することや公共交通機関などを利用することが困難なため、社会との関わりが狭くなりがちな生活をしている。
今年6月、障害者福祉センターえみふるで受付に新しい顔が増えた。テクノロジーによって産まれた新しいコミュニケーションの選択肢「分身ロボット」がチャレンジするのは「その人がその場にいる」ようなやりとり。AIではなく移動困難者が遠隔操作で接客を行う分身ロボットが、社会との関わりにひとつの解決策を見せてくれる。
◇自動ドアが開くと一番に「こんにちは」
御茶ノ水駅から歩いて5分ほどのところにある「えみふる」は、知的・身体・精神の3障害を対象に福祉サービスを一元化した施設。支援サービスはもちろん、いろいろな講座やアクティビティを企画することにより、さまざまな出会いを生んでいる。
「こんにちは」
入口の自動ドアを抜けると、まっすぐにこちらを見ている「分身ロボット」が一番に声をかけてくれる。なんだろうといった表情をする来館者にも、続けて声をかけている姿はもはや立派なスタッフである。すでに、顔なじみになっている方々とはさまざまな話に花が咲くこともある。
◇小さなロボットが担う「こころ」を運ぶ移動手段
20センチほどの高さの丸くて白いロボットは、人と人がふれあうことを後押しする温かい未来へのチャレンジ。開発コンセプトは「体が運べなくてもこころを運ぶ移動手段」。カメラ・マイク・スピーカーなどを通して操作する「パイロット」は、離れた場所から「えみふる」の利用者やスタッフとコミュニケーションをとることができる。背格好や顔かたちをシンプルなフォルムにし、あえて余計な情報がないようにしているのは、先入観なく誰でも受け入れやすい〝分身〞にするため。そのニュートラルなロボットにはパイロットの心が宿る。「こころの車いすってこういうことなのかも」と来館者に感じさせる。
◇同じ悩みを持つ来館者も「かかわり」は自然な流れ
えみふるの利用者には、パイロットと同じ悩みを持つ人も多い。この分身ロボットがなかったら、関わることのなかった二つの心が、笑い合ったり励まし合ったりしてひとつのシーンを作っている。人間の「こころ」を宿すロボット。そのやりとりは、至って自然な生活の中のワンシーンに見える。
◇「ミテミタイミライ」活用の広がる分身ロボット
分身ロボットは企業や病院の受付案内業務などでも活用され、訪れた人との「かかわり」が広がっている。キャリアを活かした雇用も生まれ、新たな可能性をみせている。活躍の場は雇用だけにとどまらない。娘の結婚式に病院から分身ロボットで参加したり、分身ロボット越しに旅行や観劇、スポーツを楽しんだりと「こころ」を連れて駆け回っているのだ。
未来に向けて、一人ひとりに合った活躍の場が広がるのも夢ではないのかもしれない。表紙に描かれているような「ミテミタイミライ」がさまざまな共生を可能にする力となるだろう。
[開発者に聞く]
◇寝たきりの先のキャリア「かかわりたい」という気持ち
自身も不登校や引きこもりの過去を持ち、周囲との関わりの無い世界の狭さを味わってきた開発者の吉藤氏。容姿にもコンプレックスを持ち、孤独感から折り紙をすることが唯一の楽しみであったという。“オリィ”という名前もこのことが由来だとか。
そんな体験から「人間はなぜ体がひとつしかないのか」「テクノロジーで解決できることはないのか」と問い続けた。「かかわりたい」を叶えるもうひとつの自分、これが今の分身ロボットの原点となる。
自分に合ったコミュニケーションを選べれば、働き続ける、社会と関わり続けることが可能になると考えた吉藤氏。平成24年に立ち上げた会社では、頸椎損傷で20年以上寝たきりであった秘書が、分身ロボットで働いた。親友でもある彼は、悲しくも世を去ってしまったが、それは「寝たきりの先のキャリア」の実現でもあった。
「動かすのは、あくまで人間。関わっているのは人間そのもの」。ここに大きな意味があると続けた。人とロボットのパイプを築いてきたからこその言葉だ。
分身ロボットと“だるまさんがころんだ”をする子どもたちの話もしてくれた。とても楽しそうですばらしい光景だったと振り返りながら笑った。そのとき操作していたのは、50歳になるパイロット。「普通じゃ、なかなか遊んでもらえないですからね」と笑っていたという。分身ロボットは、世代や境遇に関係なく関われるのも大きな利点。「かかわりたい」という気持ちを叶えるエピソードは、思ったより多様で温かく、そして新しい。
株式会社オリィ研究所
代表取締役所長CVO
吉藤オリィ氏
分身ロボットOriHimeの生みの親。たとえ寝たきりでも働ける常設実験カフェ「DAWN ver.β」などで、共生社会の実現を目指す取り組みをしている
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