■コロナ禍で思い知った演劇界の現状を変えたくて
Q:今年7月に杉並芸術会館(座・高円寺)の芸術監督に就任しました。芸術監督とはどんな役割なのでしょうか?
A:元々、芸術監督という役職は、ヨーロッパの王立劇場が発端といわれています。劇場の芸術面の演出だけでなく、予算・人事・企画などを一手に任されていた人です。日本ではまだなじみのない役職なので、多くの公共劇場が芸術監督の役割を探求している過程ではないでしょうか。僕自身は座・高円寺で、大きな方針やカラーを打ち出す部分はしっかりと担いながら、劇場スタッフと共にさまざまなことを議論し、決めていきたいと考えています。
Q:芸術監督の公募に挑戦しようと思ったきっかけは何だったのですか?
A:新型コロナウイルスの感染拡大で2年4月に緊急事態宣言が出て、演劇業界では突然芝居ができなくなる状況に陥りました。僕の劇団も本番直前の最終リハーサルまでやって本番は中止。こんなに理不尽で、現実とは思えないことが実際に起きるのかという気分でした。そして、仕事を失った演劇人たちが国に対して補償を求めると、今度は世間からの逆風がすごかったんです。名だたる演劇人が声を上げてもその風潮は変わりませんでした。補償を求める署名活動が始まっても、映画や音楽業界は瞬く間に何十万筆と集まるのに、演劇業界はすごく頑張っても数万筆。そんな現実を目の当たりにして、「本当に演劇文化は知られていないんだな。想像以上に演劇文化の土壌が育っていないんだな」と痛感した経験が背景にあります。
Q:演劇文化の現状を知ったことが根底にあったのですね。
A:でも一方で、ミニシアターやライブハウス文化に関わる人たちと協同して、文化芸術への公的支援を求めるプロジェクトを始動し、地道に活動することで形になっていくという経験もしました。人々が動くことで、世の中は変わっていくのだと実感できた。文化の土壌をつくっていくこと、さらにその土壌を広げていくことは、一人のアーティストだけでできることではないかもしれない。でもそこに関わる人たちが束になって取り組んでいけば、変えていくことはできるかもしれない。そんな思いが生まれました。まさに公共劇場とは、そういった活動を実践していく場所です。地域に演劇文化を根付かせることを目指す座・高円寺で、自分一人では限界がある「演劇文化の土壌づくり」に貢献できるのではないかと考えました。
Q:芸術監督として座・高円寺で実現したいことは何ですか?
A:座・高円寺では既に先進的な取り組みがたくさん実施されていて、例えば地域の子どもに演劇を届けたいと考えていたのですが、杉並区では既に区立の小学生がここで演劇を体験していますよね。この場所で演劇に触れ、成長して戻ってくるという現象も起きています。だから僕がやるべきことの一つはまず、ここで実践されていることを他の地域にも伝えていくこと。さらにもう一つ実現したいことは、この場所から日本を代表するような作品を生み出すことです。
Q:どんな作品が座・高円寺から生まれるのかとても楽しみです。
A:昨今は新作ばかりが求められ、作品が使い捨てられているような状況にあります。そんな中でも座・高円寺は、一つの作品を何年間も公演し続けている貴重な場所です。それはつまり、それだけ強度の高い、素晴らしい作品を作る必要があることも意味しています。「座・高円寺ではすごい作品をやっている」と憧れを持ってもらえる、役者にとっても作り手にとっても刺激となる、そんな芸術作品を作っていくことを目指していきたいです。区民の皆さんやスタッフの皆さんと手を取り合い、この場所が演劇文化の中心地になっていくことを期待しながら、芸術監督として貢献していけることを楽しみにしています。
演劇でいう「演出」は、そもそも英語の「ディレクション(direction)」から翻訳された言葉。また、映画界ではディレクターを「監督」と訳すので、映画監督のような仕事だと想像してもらうと分かりやすいかもしれません。
僕が考える演出の役割とは、作品に関わる人の能力を最大限に引き出すこと。俳優に対して「こういう演技をしなさい」と指示することはほぼありません。一緒に作り上げていく過程で、自分の想像しなかった場所にたどり着くことが「演出」の醍醐味(だいごみ)だと思っています。
「俳優をはじめ、美術や音楽、各自のベストを擦り合わせて舞台は作られます!」
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