〔角野栄子さん〕
1935年東京都生まれ。3歳から23歳まで北小岩で過ごす。出版社勤務を経て24歳からブラジルに2年間滞在。その体験を元に書いた『ルイジンニョ少年ブラジルをたずねて』で、1970年作家デビュー。
代表作『魔女の宅急便』は1989年にスタジオジブリ作品としてアニメーション映画化された。2018年国際アンデルセン賞作家賞を受賞。翌年、江戸川区区民栄誉賞を受賞。
区長:本日は昨年11月にオープンしたばかりの魔法の文学館で、角野栄子さんにさまざまなお話を伺っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
角野:よろしくお願いします。
◇面白い本をくつろぎながら
区長:角野さんには、魔法の文学館の館長をお務めいただいております。すでに多くの皆さんが来館されて、角野さんの本の世界を体感されていますね。
角野:お子さんたちが夢中になって本を読んでいる姿を見ると、何だかとてもうれしいですね。
区長:魔法の文学館の構想から完成まで5年という月日を要しましたが、今思うとあっという間だった気がします。
角野:私も同じです。この文学館構想に関わった多くの皆さんと楽しい時間を過ごせて、本当にあれよあれよという間に出来上がったなと感じます。
区長:設計を担当された隈研吾(くまけんご)さんは「来館した方に自分の家のリビングのようなつもりでここを使ってもらいたい」という思いを込めて作ってくださいました。
角野:そして中のいちご色のコリコの町を見たら「あっ、ここは面白そう」とワクワクが始まる。いらしているお子さんたちの姿を見ると、それがよく分かります。あぐらをかいて本を読んでいたり、寝転んで読んでいたり、私はああいう姿を見るととてもうれしくなるんですね。きちんと座って読むのも結構だけど、何かこうダラっとしながら本を読んでいるのは、本当にこの場所が好きなんだなと感じます。
区長:そして、この館内には角野さんに選んでいただいた1万冊の本があります。選ぶに当たって力を入れた点はどこでしょうか。
角野:まず初めに考えたことは、お子さんが成長するにつれ、自分1人で本を読む時期が来るということです。小学1年生くらいで文字を習い、文字を覚えてうれしくてたまらない子どもたちが、自分の力で本を最初から最後まで読んだっていう、その楽しさをここでは味わってほしいなと思ったんです。ですから、その年齢のお子さんたちが面白いと思う本を中心に置こうと決めました。
それで物語が面白いものを多く選びました。もしかすると親御さんが見たら、ちょっと読ませたくないと思うようなものも私は入れました。それは選択の自由を子どもたち自身に持ってもらいたいと思ったからです。
◇五感を揺さぶる本の数々
区長:角野さんのファンの方はお子さんはもちろんですが、中高生から高齢者まで幅広い層の方々がいらっしゃいますね。これは角野さんから見てどうしてだと思われますか。
角野:私が幼年童話を書き始めたのは今から四十数年前ですから、その時に読んだ方が7歳だとすると、50歳くらいになられています。そのお子さんに本を買ったお母さんはさらに70歳代くらい。3代・4代と続いているからだと思います。
中には、本を読んで自分の生き方が決まったような方もいらっしゃるんですよ。自分の味覚は角野さんの書いたカレーライスの話で決まったんですとおっしゃる方もいますし、幼い頃に『おばけのアッチ』を読んだことをきっかけにフレンチシェフになられた方もいらっしゃいます。
区長:本から味覚を得たという話は初めて聞きました。シェフにまでなられた方もいらっしゃるんですね。
角野:アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけシリーズに『ハンバーグつくろうよ』っていう本があるんですけど、幼い時にそれを読んで作ってみたそうです。すごくおいしかったそうで、その味が忘れられずフランスへ渡って有名レストランのシェフをなさった後、日本で自分のお店を持たれたそうです。その方からお手紙をいただきました。
区長:確かに角野さんの本を見せていただくと、いい匂いがしてくるような、お腹が減るような、そんな五感をくすぐられる本ばかりですね。
角野:私は本を書いたら、声を出して何回も読むんです。それでちょっと直したり。だから言葉の面白さとかリズムとかは、すごく気を遣って書いてるんですけど、リズムって意外と、ものがそこに現れるような感覚があるんですよね。だから、きっと味覚にまで影響を及ぼしているのかもしれません。
それと子どもも声を出して読みますよね。その時に読みやすく心が弾んでくるように、そして本に書いてあることが風景のように浮かんできてもらえればいいなと思って書いています。
区長:多くの方が自分なりの風景、あるいは自分なりの匂いとか、味覚を感じているんですね。
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