■DXによる将来展望
本市のデジタル政策は、今どこにいて、どこに向かうのか。
市のDX政策に関するアドバイザーを担うDXフェロー・岡田陽介(ようすけ)氏と渡辺市長にこれから必要なDX政策に関して話を聞いた。
岡田陽介(DXフェロー)×渡辺美知太郎(市長) スペシャル座談会
▽コロナ禍で感じたDXの可能性と必要性。
テクノロジーによって誰もが安全安心に感じられる社会づくりを目指したい。
渡辺美知太郎市長
▽ビジョンを持って民間含めたDXを。
「ゆりかごから墓場まで」一人一人に合わせたサービス提供が幸福な未来をもたらす。
岡田陽介 DXフェロー株式会社ABEJA代表取締役CEO
1988年生まれ。愛知県名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校からコンピュータグラフィックス(CG)を専攻し、文部科学大臣賞を受賞。CG関連の国際会議発表多数。その後、ITベンチャー企業を経て、2012年9月、株式会社ABEJAを起業。2017年、一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)理事。AI・データ契約ガイドライン検討会、カメラ画像利活用SWG、IoT新時代の未来づくり検討委員会産業・地域づくりWG、AI社会実装推進委員会など経済産業省・総務省・IPA主導の政府有識者委員会にて委員を歴任。2021年より、那須塩原市DXフェローに就任。那須塩原市DX有識者懇談会委員。コロナ禍で那須塩原市に移住。
●それぞれが振り返る令和の5年間
渡辺:市長になってすぐにコロナ禍になったのですが、特にDXの重要性を感じたのは、コロナ禍での経済対策として行った10万円の給付です。振込先の口座が分からないので全市民に通知を送って、申告された口座情報などをシステムに入力し直さなきゃいけなかった。入力する職員側のミスを無くすために労力をかける必要がありましたし、そもそも申告された情報に記載誤りがあるケースもありました。指定された口座に10万円を振り込むという単純な作業でも、紙の情報をデータにする作業を伴うと、どうしても人の手を介す場面が多いので負担が大きくミスも起こりやすいんですね。その他の業務でデジタル技術を活用する場合も、そもそも必要な情報がデータ化されていなかったり、そうした情報を紙で収集しなければいけないことも多く、改めて業務やサービスをデジタル化する必要性を実感する機会となりました。一方、市民自身もDXの重要性を感じた人が多かったのではないかと思います。情報伝達手段として広報誌や回覧板などが用いられていますが、コロナ禍では物を介した感染リスクが懸念されていましたし、刻々と変化する感染状況やワクチンに関する情報をリアルタイムに得るには紙媒体では限界がありました。ですので、市民・行政・社会全体でDXによる利益を享受できる仕組みを創るために多分野でDXを進めてきたわけです。
岡田:私にとってもコロナが大きな転換点となりました。それまでの東京に住むことが前提の環境から、リモートワークやオンライン会議が当たり前の世の中になって、そうなるとオフィスに出社する必要も完全になくなり、賃料の高い都内の自宅でテレワークをしていることに疑問を感じ始めて…そんなことが移住のきっかけです。那須塩原は新幹線駅があり、都内までドアtoドアで90分、かつ座れるという点にとても優位性があると感じています。今は都内のオフィスに出社することはほとんどありませんが、顧客訪問が必要な機会はあるので交通アクセスは重要です。実は完全リモート勤務ということもあって、オフィス自体、そもそも全社員の2割くらいしか座れるスペースがないんです。那須塩原市で新たに導入した執務ネットワークも、完全リモート勤務に対応していますよね。これって全国的に見て先進事例だと言えると思います。インターネットに行政サービスの仕組みが載るからこそ、生成AIやその他の民間サービスを取り入れることができます。そうすると市民とインターネットを介した接続点ができますので、オンラインによるサービス提供が可能になって市民・市役所双方にとってより便利なサービスを創出できます。
渡辺:全社員の2割しか席がないというのはすごいですね。市役所は窓口があるので2割とはいきませんが、新庁舎の建設も控えていますので、サービス・業務のデジタル化を進めながら職員の働き方のあり方も考えたいです。
●DX移行期の苦悩。やれるところから
岡田:サービス・業務をデジタル化する場合、業務フローの最適化(BPR)が重要になりますよね。私の会社でもBPRを専門にしていますが、既存の業務フローを意識しすぎるが故に本質とは違うことをやろうとしてしまう場合があります。例えば自動押印システムを作ろうという話なのですが、押印がそもそも必要なのか、押印を求めることで何をしようとしているのか、本質の理解・整理が必要なんですね。本人の意思によって行われたことが確認できればいいわけなので、ハンコを押すことに代えて別の方法で代替できればいいのですが、固定観念からか押印を自動化しようという話になってしまう。「業務自体を省略できないか」とか「別手順の方が作業工数が少ないのでは」といったように、シンプルに気負わず進められたら良いと思います。
渡辺:市役所もリソースが限られていますし、取り組まなければいけない行政課題は年々増えていますので、BPRは必須です。市の強みを生かした施策の推進も求められますので、いかに自動化・省力化できる業務を増やし、経営資源を確保するかが重要と考えています。テクノロジーで代替できる部分は任せて、職員はクリエイティブなこと、人じゃなきゃできないことに注力していかないと業務のひっ迫化は免れられません。ですので、課税業務などへのRPAのほか、文書作成に生成AIも活用していますし、そうしたバックオフィスでの事務処理のデジタル化に合わせ、「書かない窓口」「どこでも窓口」など、市民との接点のデジタル化も進めています。
岡田:DXの初期は、サービス利用に当たっての利用者の手間や負担を減らす改善とか、サービスを利用した際の体験価値を上げるだけでもサービスに対する満足度は変わりますよね。物理的な窓口のデジタル化から始めて、サービス自体のオンライン提供に広げていき、将来的には各サービス間を連携させていく。そこにマイナンバーカードを使った個人認証の仕組みを実装すれば、マイナンバーカードを使ってその人に合わせたあらゆるサービスを提供していくことも可能になります。いずれにせよ、DXを目的化せず、ビジョンを持って必要な取り組みを実行することが大事になります。
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