佐川美術館
学芸員:栗田頌子(くりたしょうこ)
画家にとって筆は、自らの表現を支える命ともいえる道具です。一概に筆といっても、形や大きさ、材質などの種類が豊富で、画家は使用する絵具や描きたいものによって筆を使い分けています。今回は、佐川美術館で開催中の展覧会で取り上げている日本画家・髙山辰雄(たかやまたつお)(1912~2007)の筆にまつわるエピソードを紹介します。
髙山は大分県に生まれ、画家を目指して東京美術学校(現・東京藝術(げいじゅつ)大学)に進学し、卒業後も東京で画家として活動していました。しかし昭和20(1945)年の東京大空襲で自宅が被災してしまいます。辺り一面が焼け野原の中、悲しみに暮れていた髙山は、がれきの中から奇跡的に一本の筆を見つけ出します。それは美術学校の卒業記念でもらった「長流(ちょうりゅう)」という種類の筆でした。希望の象徴とも思えるこの一本の筆を手に制作を再開した髙山は、苦しい戦後を日本画家として生き抜いていきます。
「長流」は穂先が長くて墨含みが良く、水墨画に使用される代表的な絵筆です。髙山は絵具が画面の上に筆で触れていく感覚を大事にしていました。どんな大作でも一本の「長流」で仕上げるため、筆を紙に軽くたたきつけながら着彩する独特なタッチも相まり、作品が仕上がる頃には新品だった筆の筆先が割れて使えなくなったといいます。
髙山の作品を近くで見ると、単色に見える部分でもさまざまな色が絡み合い、複雑な色を形成していることが分かります。一本の筆だけで独自の世界観を描き出した髙山の繊細な筆遣いを感じてみてください。
※開館情報は、佐川美術館ホームページでご確認いただくか、電話〔【電話】585-7800〕でお問い合わせください。
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