◆認知症があっても生きがいを胸に、自分らしく楽しい毎日のために
誰でもなり得る認知症。あなたはどのようなイメージをお持ちですか。「これまでの自分ではなくなってしまうのではないか」「生活から楽しみがなくなってしまうのではないか」。認知症に対して、多くの人は不安を抱いているかもしれません。でも過度な心配は不要です。認知症があっても、周りの人たちの助けを借りたり、自分で工夫をしたりしながら、楽しい生活を送っている人、生きがいを持って生きている人はたくさんいます。「認知症があってもあなたはあなた―」。認知症の人への取材を通じて見えてきた、人生に対する前向きな姿勢や、サポート体制などについてお伝えします。
◆(インタビュー)あの峰の頂を目指す歩みは今もまだ止まらない―ありのままを受け入れて楽しむ
自宅玄関ホールの脇に置かれた4足の登山靴。その中の1足を手に「これはもう30年使っているよ」と笑顔で振り返る古川さん(77)のまなざしは少年のように明るい。厳冬期用の分厚い茶色の皮ブーツ。刻まれた幾多の傷が、踏破した山々の岩肌を思い出させる。「今年の秋も穂高に登るんだ」。認知症と診断されても、人生を懸けて打ち込んだ登山はまだまだ続く。
◇診断のきっかけ
1年半ほど前から「今日は何をするんだっけ」と、記憶があいまいになることが増えてきました。今まではそういうことがなかったから、ひょっとすると認知症ではないかと思い、今年3月、地域包括支援センターを訪ねたんです。そこの職員さんと一緒にクリニックに行って、認知症だと診断されました。最初はショックでしたが、あまり深刻には考えませんでした。認知症になったのなら、自分のできる範囲でやればいいのだと。近所の人や妹にも認知症になったことは伝えてあります。
◇登山への思い
20代で東京都大田区内の音響機器メーカーに就職して会社の山岳部に入り、山登りの楽しさを知りました。地域のクライミングチームにも所属し、富士山や谷川岳、穂高岳や丹沢山など、さまざまな山に挑戦してきました。富士山には50回は登ったかな。このクライミングチームはヒマラヤ登頂を目標にしていたので、練習は過酷でした。あれはクリスマスの日、富士山の9合目で滑落者を受け止める訓練をしていたときのことです。僕はザイルを着けて落ちる役だったんですが、左足首を骨折しましてね。結局折れたまま山頂に二日いましたよ。
そういう危険なことがあったとしても、自分には登山が必要でした。富士山や北岳、穂高岳の山頂から見る眺めは最高です。登山には達成感があります。うまくいかなかったとしても次に生かせばよいし、自然が相手ですから、人間などちっぽけなものです。自然と一体化することを山が教えてくれます。経験を積んでいくと、雪が降ってきたときなど、これ以上進むと危険だと感覚的に分かるようになります。料理も山で覚えました。山で食べるカレーはとってもおいしいんですよ。
◇今後の目標
認知症と診断されてからも、登山は続けています。山で出会った若い人と一緒に登ることもありますし、一人で登ることもあります。一人のときは安全のために、目印のある所まで行って、道に迷う心配があるときは引き返すようにしています。日々、トレーニングもしていますよ。泉の森や境川の向こう側、座間市の谷戸山公園まで行って帰ってくるんですが、だいたい1日3万歩を目標にしています。今年の秋は穂高岳に再挑戦する予定です。去年、あと100メートルで山小屋というところで転びましてね。そのリベンジというわけです。
◇認知症の人に向けて
一番大事なのは自分の状態を受け入れることだと思います。自分にできることを理解したうえで楽しもうとすることが大切です。散歩が好きなら以前の半分の距離でもいい。認知症の程度に合わせて楽しいことをすればよいのです。もう一つ、人に尋ねることを恥ずかしがらないことも重要です。道が分からなくなったりしたらコンビニなどで聞けばいい。みんな力を貸してくれます。できること、できないことを試しつつ、楽しく症状と付き合っていこうじゃありませんか。
・北アルプスの涸沢にて。穂高の雄大な稜線がそびえ立つ
・クラシック音楽も大好きな古川さん。バッハの「平均律クラヴィーア」「ピアノ・ソナタ」が特にお気に入り
※詳細は本紙をご覧ください。
<この記事についてアンケートにご協力ください。>