災害が起こるたび、被災地は深刻なトイレ問題に直面してきました。1月に起きた能登半島地震を受け、改めて災害時のトイレ対策が注目されています。
今号では、能登半島地震の被災地である石川県の状況を交えつつ、トイレ問題が引き起こす健康被害や平塚市が進める備え、家庭でできる対策などを紹介します。
●能登半島地震
紙面で紹介する石川県2市町の状況(4月26日現在)。国・石川県の発表を基に平塚市広報課で作成。
・珠洲市
震度6強を観測。死者数100人以上(災害関連死を含む)。
最大4,800戸で断水、現在も約2,320戸で続く。
・志賀町
能登半島地震での最大震度7を観測。
死者数2人。
最大約8,800戸で断水、3月2日に解消。
◆我慢で起こる健康被害
「トイレを安心して使えるありがたさを、被災地で改めて実感しました」と話すのは、市保健師の佐々木あづささん。佐々木さんは、能登半島地震の被災地である石川県珠洲(すず)市に、神奈川県の災害派遣隊の保健師チームとして派遣されました。チームは在宅避難をしている方の健康調査をしたり相談を受けたりする班と、聞き取った情報を珠洲市の保健師が活用できるようにデータ化する班に分かれて活動したそうです。活動期間は1月26日~31日。「派遣された1月下旬は、人や物資の支援が届き、施設内で携帯トイレ(1面(1))などが使える状態でした」と佐々木さん。「地震発生直後は、整備が追い付かず、トイレから汚物があふれ出たり、野外で排泄(せつ)せざるを得ないこともあったりしたようです」と続けます。
◇命に関わる「控え」
トイレは使える状況であったものの、不便さなどから、トイレに行く頻度は普段よりってしまったと話す佐々木さん。「健康面を考えると大切だと分かっていても、トイレに行く回数を減らそうとして、つい水分や食事を取るのを控えてしまいました」と振り返ります。自身も体験したこの一連の行動が、健康被害を招く一因だと話します。
膀胱(ぼうこう)炎や便秘など、いつものトイレが使えないことで起き得る、さまざまな体の不調。中でも怖いのが、車中避難などで起こりやすいエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓(そくせん)症)です。「水分補給などを控えて脱水状態が続くと、血中濃度が高まり血栓ができやすくなります。血栓が血管を流れ、肺に詰まり肺塞栓などを起こす恐れがあります」。
精神的にも肉体的にも厳しい避難生活。複合的なストレスに、「トイレ」が必ず含まれると佐々木さんは感じたそうです。「トイレは排泄する空間であると同時に、一人でホッとできる空間でもあると思うんです。その空間がないと、心理的な負担が大きくなってしまいます」と語ります。心の余裕がなくなり、周りの方との不和が生じることを心配していました。
さらにストレスの中で、災害関連死にもつながり得る、生活不活発病が起こることを危惧します。「食事が取れないと、判断力や活力もなくなってしまうんです。動かない状態が続くと、筋力が落ちるなどして、寝たきりの状態になる可能性が高まります」。
◆感染症を防ぐ
佐々木さんは「トイレの衛生が保たれないと、すぐに胃腸の感染症が起こってしまうんです。派遣される数日前に、避難所ではノロウイルス感染症が広がってしまったと聞いています」と公衆衛生が悪化する怖さを語ります。佐々木さんが活動した珠洲市健康増進センターは、全国から災害派遣された医療従事者たちの拠点。感染症防止のため、毎朝メンバーで次亜塩素酸ナトリウムを使用して徹底的に清掃していたそうです。しかし避難所には、医療のプロと同じように、意識して衛生を保つことが難しいという現実がありました。「神奈川県に戻る道中でお借りした仮設トイレの汚れと臭いに衝撃を受けました。排泄ができたとしても、使う回数は控えたいと思ってしまいました」と表情を曇らせます。「負担の多い避難生活で、みんなが使うトイレの衛生まで意識するのは大変だと思います。だからこそ平時の今、不衛生によって起こり得る健康被害や、一人一人がマナーを守り衛生環境を保つ重要性を、知っておいてほしいのです」と力を込めます。
◇現地で見えた心配事
自宅避難の場合、避難所まで通ったり自宅の備えを使ったりして排泄することが、一定期間続くかもしれません。佐々木さんは、仮設トイレ(本紙1面(2))を使うために自宅から避難所などに通う珠洲市の方を見て、さまざまな心配事が浮かんだとか。「和式の仮設トイレなどは、下のタンクに汚物をためる構造で、高齢者や小さい子どもが使うには不便な高さです。雪で足元が汚れやすかったので、衛生面も心配でした。人けのない夜間の安全面も気になりました」。
子どもや高齢者、配慮が必要な方といった多様な視点で見たときに現れる、新たな困り事。「避難所ではどんなトイレが使えるのか、家庭ではどんな備えが必要なのか、事前に確認しておきましょう」と呼び掛けます。
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