文化財は、長い歴史の中で守り伝えられてきた、地域の財産だ。平塚には、国・県・市によって、指定・登録されている64の重要文化財がある。後世に残すため、保護・修復・管理に尽力する人たちがいる。
◆後世につなぐ保護
文化財と一言で言っても、彫刻・絵画・建造物などの有形や、民俗芸能などの無形など、種類はさまざまだ。市は昭和から平成にかけて、市内の寺社などに残る、貴重な仏像や絵画などを調査した。それから毎年、重要文化財の候補となっている文化財の価値を専門家らと精査し、指定を進めている。「所有者の皆さんのご協力を得ながら調査を続け、平塚の貴重な文化財の保護につなげています」と話すのは、市社会教育課の中嶋由紀子学芸員。「文化財がそのままの形で残っているからこそ、後世で新たな事実が分かる場合もあります。画像などのデータだけでなく、実物で残っていることに意味があるんです」と文化財保護の重要性を語る。
◇市最古級の仏像彫刻
正福寺の木造薬師如来立像(本紙1面)は、市が指定する重要文化財の一つだ。悟りを開き仏の頂点だとされる如来。薬師如来は、主に病気を治す存在で、現世で願いをかなえてくれる……などといわれている。同仏像は左手に薬やつ壺こを持ち、願いを聞き届けようという姿勢を表す与願印(よがんいん)、右手では相手の畏れをなくす施無畏印(せむいいん)を結んでいる。
表情から、薬師如来の優しい印象を受けるのではないだろうか。小粒の螺髪(らほつ)に丸い顔、穏やかな目鼻立ちなどの特徴から、平安時代後期に造られたと考えられている。この時代の仏像は希少性が高く、市内にも数点しかない。浅めに彫られた衣のひだも、当時流行した和様。両袖や背中のひだに見られる細やかな表現は、作り手の技術の高さを物語っている。
頭頂に隆起している肉髻珠(にくけいじゅ)の一部・右手など、後世に補造された部分もある。台座は鎌倉仏師として活躍した大仏師である加賀の墨書銘が残っており、江戸時代に造られたことが分かっている。
・木造薬師如来立像
正福寺。市指定重要文化財(平成4年3月5日)。寄せ木造り・彫眼・着衣部黒塗り。像高97・4センチメートル
※詳細は本紙をご覧ください。
◆密な調整の末の修復
市指定の文化財は、市が警備・防火対策の管理費などを補助し、所有管理する寺社や個人の負担軽減につなげている。修復にかかる費用も補助の対象だ。
しかし修復には多くの費用がかかる。市が半額を補助するものの、所有者の負担は少なくない。「所有者の意向が大切です。現地での確認や、市・民間の補助金の手続きなど、時間を掛けて相談し、手続きを進めていきます」と中嶋学芸員は説明する。正福寺の木造薬師如来立像の修理も所有者との丁寧な話し合いの末に着手された。
彫刻の大がかりな修復は、数百年に一度あるかどうか。今回の修復は、令和2年に、県から企画展に借りたいという話があり、状態を確認したことがきっかけだった。「展示するのは難しい状態でした。平塚にある仏像彫刻でも最古の仏像の一つを後世に残すために、修復に向けた調整が始まりました」と中嶋学芸員は振り返る。
修復作業の内容は、専門知識のある文化財保護委員や、修復技術を持っている仏師に見立ててもらう。同仏像は、令和4年に手続きを整え、5年4月に着手。1年かけて修復が完了した。修復したのは、日本各地の重要文化財など、数多くの修復実績を持つ鎌倉市の仏師(下囲み)。その確かな技術で、優しい顔はそのままに、きれいになって帰ってきた同仏像を見て、所有者は「修復して良かった」と胸をなで下ろしていたそうだ。
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