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〔特集 これまでも、これからも 未来に残す、つながりのかたち〕横須賀の谷戸を見つめる(2)

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神奈川県 横須賀市

「一つの谷戸にひとつの世界」と言えるほど、その表情は谷戸ごとにさまざま。
それぞれの谷戸を舞台に芽吹く「つながり」のかたちは、無限の可能性を秘めている。
これまでとこれからの物語を通じて、この場所から見えてくるものとは―。

■心の距離も近い「ご近所さん」
丘陵と丘陵に挟まれた場所である谷戸には、トンネルが多い。
「西逸見吉倉隧道」を抜け、長い階段を上ると、塚山公園にたどりつく。
「桜の季節は圧巻」と語るのは、逸見地区の連合町内会長を務める鈴木さん。眼下に横須賀港を見渡せる園内は、かつて軍港として栄えた姿が目に浮かぶような「珍しい場所」と紹介してくれた。
自宅の近所には「造船所に勤務する人々が多かった」と先代から聞いていたという。他の土地へ移り住む人々が少ないこの場所の「近所づきあい」は「互いに何でも話せる、家族に近い存在」と、鈴木さんのはにかんだ笑顔が見えた。最近では「魅力を感じてやってきた若い世代」が「ご近所さん」に。新たな出会いに、まちの雰囲気が「明るくなった」と鈴木さんは目を細める。

■「にぎわい」が芸術家とともに
国道16号から車でたった5分。ひと際深い谷に暮らしが広がる。その奥には、レンガ積みの大きな穴窯やアトリエの姿が。谷戸の環境とアートが調和するこの場所は、田浦泉町。戦後は、平屋の長屋建て市営住宅が建てられた。
70年以上暮らす長谷部さんは「日替わりで、紙芝居や金魚売り、魚屋、八百屋が来ていた」と昔を懐かしむ。祭礼も盛んで、神輿(みこし)担ぎでできた肩の傷は一番の勲章。「仲間と見せ合ったことが、最高の思い出」とほほ笑む。
しかし、その活気は時代とともに失われ、市営住宅も2015年に廃止。そこで、市は2018年から跡地を整備し、「アーティスト村」として地域交流に意欲的な芸術家を新たな住人に迎えた。現在、3人の芸術家が創作活動に励む。
開催する体験教室は、近隣の人々に加えて、市外からの参加者も増えている。澄んだ空気、熱い炎とともに弾ける薪の音、鼻を擽(くすぐ)る白い煙。
「ここならではの体験を、五感で味わってもらいたい」と、陶芸家の薬王寺さんは語る。「活動を支えてくれる地元のみなさんが、一番の財産」と話す姿に、つながりの深さが感じられた。
アーティストにも「ここならではの体験」がある。漫画家・小説家の折原さんは、谷戸に広がる「昭和感」に驚きと風情を感じ「ひとめぼれ」。唯一無二の環境が、創作を後押しするという。谷戸が舞台の小説を執筆しながら、本に親しめる新たな環境や機会の創出に向け、近隣の小・中学校とつながりを育む。
異なる分野で活躍するアーティストと共創できる環境は「他にない」と話すのは、平面作家の水戸部さん。「地元の人」から教わる土地の歴史や、この場所で育つ草木と花々の魅力も、作品の要素として生かされている。
彼らの活動を応援する八張さんは「若い頃は働き詰めで、地元に貢献できなかった。少しでも恩返しがしたい」と話す。子どもの姿や笑い声、再びのにぎわいに喜びを見せながら「昔も今もここが好き」とほほ笑む。
「ソト」から来た人とともに描く物語の「これから」は、「これまで」の上にある。

■それぞれの「居場所」がここに
田浦泉町からほど近い小学校に子どもを通わせる、青柳さんと南澤さんは「居場所づくり」に尽力。夏休み中は、週に一度、子どもたちが自由なスタイルで宿題などに取り組める場を設けた。子どもたちがのびのびと過ごせる理由は「人々の寛容さにある」と南澤さんは言う。「もっと多くの子どもたち、親子が集まれる場所にしたい」と語るのは青柳さん。その原動力は「子どもたちの笑顔」。
「他人(よそ)の子も、うちの子」と大らかに話す表情から、地域が子どもを育てる、まちの姿が感じられた。
長い階段を上った先に谷戸のまちなみが広がる、汐入エリア。
ここに魅力を感じ、都内から移住したメンバーを中心に活動中の「Homiiie(ホミー)」は、空き地を整備し、誰もが気軽に立ち寄れる広場「
souen(ソウエン)」を作り上げた。
「ここに住む多くの方々が協力してくれた」と振り返るのは、メンバーの一人、藤原さん。「みんなで創ったこの場所」は、町内の集会スペースに活用されているだけでなく「ちょっと座っておしゃべりしている人も多い」という。
「縁」を感じる「souen」から、温かなまちの暮らしが見えた。

■懐かしく、新しいまちへ
JR田浦駅から10分ほど歩くと「のの字橋」が見えてくる。その先に佇(たたず)むのは、旧市営田浦月見台住宅。
老朽化に伴い2020年に廃止を迎えたが、平屋建ての住宅群はかつてのまま。懐かしさを感じるこの場所でも、新たなつながりが生まれようとしている。
市は「民官連携」による新たなコミュニティづくりを昨年から開始。多様なノウハウでまちづくりや地域活性に取り組む、株式会社エンジョイワークスがパートナーとして選ばれた。
9月のとある日曜日、この場所には多くの人の姿が。地元野菜やハンドメイド雑貨、古着など多種多様な「モノ」が軒先に並び、にぎわいを見せていた。
この場所の未来のコンセプト「ヴィンテージandクリエイティブ」を体感してもらいたい、と同社がイベントを企画した。プロジェクトの中心を担う髙才さんは、ここに「無限の可能性」を感じているという。
「新たな居住者と地元のみなさんの“ゆるやか”なつながりの中に、例えば、子どもをちょっと預けられるような、そんな共助のかたちがここから生まれたらうれしい」と、子を持つ親の想いものぞかせた。
かつてのまちの佇まいや魅力はそのままに、谷戸のこの地から「懐かしく、新しいまち」の展望が垣間見える。

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