■『小粕窯跡』編(3)
E子:こんにちは!
学H:こんにちは。前回は主に1号窯について紹介しました。今回は2号窯についてみていきましょう。
小粕2号窯は、1号窯と同じく地山を掘り抜いた地下式の窖窯(あながま)です。全長六・一メートル(水平距離)、床面の全長四・七メートルを測り、床は無階有段です。
焚口(たきぐち)部上部には高さ六六センチメートルの天井が一部残り、窯の最大幅は一・一メートルを測ります。階段状の床の一段は奥行き幅が平均二〇・六センチメートルを測り、合計一五段となっています。各段には水平なものは少なく、一〇度ほど焚口に向かって傾いていました。
壁や床、天井に粘土の貼り付けは見られず、強く熱を受けた様子がないため、焼成回数は1号窯に比べてかなり少ないと考えられます。
2号窯の焚口右側は発掘時に窯の内側へずれ込んでおり、1号窯を大型化する際に側壁が押されたためです。焚口付近には柱穴が残り、覆屋根があったと考えられます。
2号窯は同時期に発見された王子保(おうしお)6号窯と同様、県下で初見の有段式の瓦窯跡です。
E子:王子保6号窯はどこにある窯跡ですか?
学H:王子保6号窯は越前市に所在し、旧武生市街地から南方約三・五キロメートル、春日野町、四郎丸町、白崎町に跨る山林に所在する王子保窯跡群にあります。
七世紀初めから八世紀まで継続して操業し、壺・甕などの日用品や瓦・鴟尾(しび)などの特殊品を生産した大規模な窯跡群です。
E子:操業期間が長いですね。ところで鴟尾とは何ですか?
学H:鴟尾は古代の宮殿・寺院など主要建物の大棟の両端に取り付けるもので魚の尾形をした飾り物です。小粕2号窯からも鴟尾が出土しており、織田文化歴史館に展示しています。
次回は3号窯と小粕窯跡から出土した瓦について紹介していきたいと思います。
[引用・参考文献]
織田町教育委員会『小粕窯跡発掘調査報告書』一九九四年
越前町教育委員会『越前町織田史(古代・中世編)』二〇〇六年
越前市教育委員会文化財課市史編さん室『越前市の歴史文化図鑑』二〇一六年
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