地域で話題になっている人や団体、企業などを紹介するシリーズ。
3号連続にわたり「秋月藩黒田三職の会」の皆さんを紹介する特別企画の第2弾。
11月に開催される「三名君フォーラム」に向けて、秋月藩の伝統産業を紹介します。
■Interview
川茸元祖遠藤金川堂17代目
遠藤 淳(じゅん)さん
創業1793年(寛政5)。200年以上の歴史を持ち、江戸時代から続く「川茸元祖遠藤金川堂」の17代目。独特の乾燥法を確立したのりは、秋月藩や将軍家にも献上され、「壽泉苔(じゅせんたい)」の名を賜る。
秋月藩に伝わる伝統産業である葛、川茸、和紙の職人による「秋月藩黒田三職の会」や「秋月鎧(よろい)揃え保存会」としても活動。秋月の伝統を次世代へ伝える取り組みも行う。
■伝統を守り 黄金川を守り続ける
◇受け継いだ伝統
遠藤金川堂の創業は1793年。
祖先である遠藤幸左衛門(こうざえもん)が、黄金川でのりを発見し「川茸(かわたけ)」と命名。子の喜三右衛門(きざえもん)により、独特の製法が確立され、秋月藩8代藩主で秋月三名君の一人でもある黒田長舒(ながのぶ)公へ献上したことから始まります。
私が家業を継いだのは、43歳のころです。35年前には約200トン収穫されていた川茸が、2006年には絶滅危惧種に指定。収穫量も約10トンにまで激減し、回復が見込めるのか重圧を感じる中、伝統ある家業を受け継ぐことになりました。
川茸の製法は創業当時から変わりません。製造はすべて手作業。機械では分からない手触りや、人間が作業することによる細やかさなど、手作業での良さを生かした伝統の製法を守り続けています。
また、「三職の会」で新商品の開発も行っています。川茸や葛を原料とし、商品の説明書には和紙を使用したお菓子など、それぞれの強みを生かしながら、川茸の収穫量が限られた中でも作れる商品開発に取り組んでいます。
◇清流「黄金川」
川茸が自生しているのは、世界中でも朝倉市の黄金川のみ。黄金川の地下には火山灰層があり、その層を通った地下水が、川茸の生育に必要不可欠な成分を生み出してくれます。また、川の流れる速さや温度、川底の状態や水質など、川茸の生育に必要な条件がすべて整っているのが清流「黄金川」です。
川茸の収穫時期は例年1月~8月。収穫時期以外は、川茸が育ちやすい環境を整えるため、黄金川の清掃活動を行っています。黄金川には、川茸以外にも希少な生態系が残っているため、「黄金川を守る会」など地域住民の皆さんと協力しながら、泥の除去作業などの環境保全活動にも努めています。
◇次の世代へつなぐために
皆さんに安心して川茸を食べてもらい、黄金川のすばらしさを知ってもらうために環境学習を含めた見学会を行っています。修学旅行生や市内学校、海外の観光客などの見学を受入れ、川の大切さなどを教えています。ヨーロッパからの団体の見学を受け入れた際は、黄金川のきれいさに感動して帰ってくれました。
川茸は収穫しすぎたり、川の清掃活動を怠ったりすると絶滅してしまいます。祖先から受け継いだ川茸や、希少な生態系が残る清流「黄金川」の環境を次の世代へつなぐため、今後も地域の皆さんと協力しながら守り続けていきたいです。
■川茸元祖遠藤金川堂(屋永2949【電話】22-2715)
通販もやっています!
川茸(学名:スイゼンジノリ)は、良質な炭水化物、タンパク質、ミネラルを含む貴重な自然食品。川から収穫された後、職人の手によって丁寧に選別されます。塩漬けなどの工程を経て、1週間~10日程度で商品化されます。
乾燥のり「壽泉苔」は、将軍家へ献上されただけではなく、明治・大正時代には博覧会にも出品され、さまざまな賞を受賞。現在では、主に関西の料亭などへ出荷されています。
■希少な生態系が残る清流「黄金川」
黄金川には、川茸だけではなく、多様な動植物が生息しています。「ヒメバイカモ」という絶滅危惧種に指定されている水生植物や、特に水がきれいなところにしか生息しないカワセミなどは必見。毎年5月には、「竹灯篭・ホタル祭り」も開催されています。
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