『食べることの大切さを伝えたい』
昨年、重要伝統的建造物群保存地区選定10周年を迎えた増田の町並みの中で、発酵料理を提供している鈴木さん。今月号では、高橋市長が鈴木さんにこれまでの歩みを伺いながら、横手の食文化の魅力に迫ります。
■鈴木さんにとって『こうじ屋』とは
市長:このたびは新春対談の機会をいただき、ありがとうございます。本日は鈴木さんの『食』に対する思いについてお話を伺います。
さて、横手は古くからこうじ屋や酒蔵が立ち並ぶ発酵のまちです。鈴木さんはこうじ屋のお子さんとして、小さい頃から『こうじ』に触れてきたと思いますが、鈴木さんにとって『こうじ屋』はどのようなところでしょうか。
鈴木:食べ物を作る工場に生まれたなぐらいの意識でした。こうじを作る工程の都合上、決まった休日がなく、父と母はいつも忙しく働いていたので、嫌な仕事だなと思っていました。ただ、工場に行けば、近所のおばちゃんや親戚のおじちゃん、とにかく人がいつもいっぱいで、にぎやかなところだったなとも思っています。
市長:孤独で寂しさを感じることはなかったんですね。家族が少ないとか、両親の帰りが夜遅いとか、別の視点から見たら、うらやましいと思える環境だったのかもしれないですね。
鈴木:地域とのつながりを意識するようになったのは最近で、今はこうじ屋に生まれて本当に幸せです。
■店を開くまで
市長:鈴木さんは中学校卒業後、実家を離れたと聞きました。地元へ戻り、店を開くきっかけはどのようなことだったのでしょうか?
鈴木:健康優良児で、幼いときから父に競技スキーをさせてもらい、花輪高校に進学しました。そこから親元を離れて暮らし、心も体も鍛えられました。
市長:自立心が芽生えたんですね。
鈴木:そうですね。卒業後は県外に就職し、結婚して子どもにも恵まれましたが、仕事中心の生活で、家族のことをおろそかにしてしまっていました。それが悪かったのか、突然病気にかかったんです。思うように体調が回復せず、仕事にも行けないくらいつらくなってしまって。
市長:自分自身もその状態を受け止めきれなかったことでしょう。
鈴木:そうなんです。そんな私を主人が心配して、母に相談したら「元気にしてあげるから、すぐに帰ってきなさい」と言ってもらえたんです。それがきっかけで秋田に帰ってきました。地元では親のご飯を食べて何とか起きて寝ての繰り返しの中、ある日、母が作るいつものみそ汁を飲んだときに、スーッと体に染み込む不思議な感覚を体験しました。そのとき、「ハッ!」と気付いたんです。食べたもので体はできているのに、今の私は空っぽなんだと。改めて母のご飯を見てみると、漬け物やこうじ漬けの焼き魚にみそ汁、食事のほとんどに『こうじ』が使われている。そうだ、私はこれを食べて大きくなったんだ。そう気が付いたら、ごはんが急においしくなって、体が動くようになって、おなかがすいて、というサイクルで元気になったんです。こうじってすごいな、この地域の健康を下支えする食材なんだ、と思いました。お店を始めたのは、「食べることの大切さを、こんなに素晴らしい食べ方がある文化を、たくさんの人に気が付いてほしい、伝えたい」と思ったことがきっかけでした。
市長:病にならなければ気づかないことだったのですね。地元に戻るきっかけとなり、さまざまな気付き・発見・ひらめきを生み、今までの生き方に別の目線を入れる。悩み苦しんだ経験も、プラスのエネルギーに変えて行動に移すという時間だったんでしょうね。
鈴木:今はそう思えます。気持ちの切り替えや経験を糧(かて)にして、人生を無駄にしたくないとも思っています。
■お母さんは知恵とアイデアの宝庫
市長:お店を開いてから挑戦したことや気が付いたことを教えてください。
鈴木:漬け物も漬けられなかった私が町の盛り上がりに合わせて店を開いて10年が経ちました。最初は忙しかったのですが、降雪とともに客足が減り、何がいけないのかと苦しむ私を見たスタッフのお母さんたちが、「元気出せ」と漬け物や寒天などを差し入れしてくれました。なんだかそちらの方が店の料理よりもおいしく感じたんです。お母さんたちと台所に立って分かってきたことは、気候や風土、地域の習慣や好み、生活そのものが『食』と深く関係していること。横手の発酵はごく普通の家庭で調理され、食べ継がれてきたもので気が付きにくいこと。意識しなくても、日常的に発酵に触れていることに、私も気付けませんでした。一般的な食堂メニューもいいのですが、そうではないものをこの店では出したい、と軌道修正して現在に至ります。
市長:お母さん方の料理は地域の食文化で、その調理方法は無限大。多分、食材が豊富な秋田だからこそ工夫しないと務まらないのかもしれませんね。
鈴木:そうですね。店では20代から70代までのスタッフが働いてくれていますが、先輩スタッフは知恵とアイデアの宝庫なんです。四季折々に育てた野菜や保存食を駆使して、いつも家族の健康を思って『食』を豊かにすることを考えている。家族が好む味を作るのに便利で使いやすく、重宝したのがこうじを使った発酵なんだと感じます。
■次のステップへ
市長:お話を聞いて改めて、横手にはすばらしい食文化があると感じました。鈴木さんの将来展望や市民の皆さんへ伝えたいことを教えてください。
鈴木:この店は文化庁認定の食文化ミュージアムとして、食事を『食の体験』と表現しています。今後はこの体験のほか、町を訪れた方に、『食文化が育まれた町の在り様』も見てもらえるようなことに挑戦したいと思います。
市長:素晴らしいですね。ここに暮らす人たちの生活空間であり、観光空間でもあるこの町並みを、五感・六感で味わってもらい、長く滞在してもらうことで、町に活気が生まれます。
鈴木:『食文化を残そう、発酵大事!』みたいな大げさな気概がないことこそ、横手の発酵は地域に根付いた本物の文化なんだと思います。暮らし方や食べ方は昔と比較すると変化してきましたが、横手の豊かな自然や食文化は『食べたもので体を作る』のに最適な環境です。私もまだまだ勉強中ですが、仕事だけではなく、町のことも意識しながら、受け取った食文化のバトンを確かな強さで次の世代に渡していきたいと考えています。
市長:市では食育を推進する4本柱の中に、『食生活と健康』『食の文化』を掲げていますが、鈴木さんの活動はこの二つに当てはまりますね。鈴木さんの挑戦が、新たな刺激となって町並みに広がるよう、今後のご活躍を祈念します。本日はありがとうございました。
▽鈴木百合子(ゆりこ)
1973年に大正7年創業の羽場こうじ店の次女として旧増田町に生まれる。高校卒業後に県外へ移り住むも、2010年に地元へ戻り、食の大切さを伝える店『旬菜みそ茶屋くらを』を開店。2020年には文化庁認定食文化ミュージアムに選定される。
現在は店名を『羽場こうじ茶屋くらを』と改名し、秋田に根付く米こうじをふんだんに使った四季折々の料理を食事という『体験』で提供している。
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