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《特集》令和6年 能登半島地震における被災地での活動(1)

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総務省では、令和6年能登半島地震の発災当初から、総務大臣を本部長とする非常事態災害対策本部を設置するとともに、現地対策本部において総務大臣政務官(副本部長)や総務省派遣職員が災害対応に当たったほか、大臣自ら現地に赴き、直接、金沢市消防局職員に激励を行うなど、被災地においても様々な活動、支援を行ってまいりました。今回の特集では、被災地での総務省職員の活動状況等を中心にご紹介します。

◆緊急消防援助隊の活動状況

◇緊急消防援助隊とは
消防機関は、日頃は各地域で住民の安全・安心を守っていますが、大規模・特殊災害が発生し、被災地の消防機関だけで対応できない場合には、自治体の枠を超えて被災地に応援に駆けつけます。この応援部隊が「緊急消防援助隊」で、阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、国内で発生した地震等の大規模災害に対応するために創設されました。
平成7年6月に創設された緊急消防援助隊は、令和6年4月1日現在では全国720消防本部等から6,661隊が登録され、南海トラフ地震、首都直下地震等の大規模災害に備え、大規模かつ迅速な部隊投入のための体制整備に取り組んできています。

◇令和6年能登半島地震における被災地での活動
総務省消防庁では、地震の規模や大津波警報の発令などの状況から甚大な被害が想定されたため、石川県知事からの出動要請を待たずに、発災20分後の16時30分に消防庁長官から緊急消防援助隊の出動の求めを行いました。1月1日から2日未明にかけて、合計18都府県に出動指示を行い、発災当初から約2,000名という大きな規模を出動させるなど、災害対応に万全を期したところです。
出動指示を受けた各府県の陸上部隊は2日朝までに石川県に集結しました。しかしながら、能登半島内の道路が一部使えない状況となっており、進出に困難が伴いました。このため、使用可能な道路を活用することに加え、自衛隊や海上保安庁の協力を得てヘリコプターや船舶で空路・海路からも災害現場に向かい、2日から順次救助活動を開始しました。
また、大型車両は通行できなくても普通車なら辿り着ける地域には、救急車などに隊員や資機材を載せて被災地に向かいました。
このように様々な手段を尽くして被災地に向かい、発災から72時間を迎える1月4日までには陸上部隊の約1,800人が輪島市、珠洲市、能登町などの被災地で活動したほか、航空部隊も救助活動を展開しました。
緊急消防援助隊は、厳寒期の過酷な環境の中、被災地で求められる様々な活動に取り組みました。
まずは、倒壊家屋からの救助・捜索活動です。余震が続き危険と隣り合わせの中、救助を待つ方を1人でも多く助けようと懸命に活動し、輪島市において、大阪府大隊により発災後72時間経過した要救助者を救助したほか、珠洲市において、京都府大隊が警察やD-MATと連携し、発災後120時間以上経過した要救助者を救助しました。
また、ケガや避難所で体調を崩された方の救急搬送をサポートしたほか、孤立集落が発生していたためヘリコプターを活用して、住民の救助や物資搬送を行いました。
さらに、能登半島地震特有のものとして、ライフラインが安定した地域へ入院患者や高齢者を転院搬送する取組も緊急消防援助隊として担いました。その他、被災した奥能登広域圏事務組合消防本部の業務支援など、被災地の様々なニーズに応えた活動を行いました。
これらの活動により、3月15日までに把握している救助者数は295名、救急搬送者数は1,577名になります(地元消防本部等と協力し救出したものを含む。)
緊急消防援助隊は、2月21日まで52日間にわたって活動し、計21都府県から延べ約5万9千人が出動しました。これは期間、人員ともに東日本大震災に次いで2番目に大きな規模となりました。懸命の活動をされた隊員の皆さまに感謝申し上げます。

【消防活動の概要】
[消火活動]
・地元消防本部等と消防団が連携した消火・警戒活動

[救助・捜索活動]
・倒壊家具からの救助・捜索活動
・消防防災ヘリによる孤立集落からの救助
・広範囲での安否不明者の捜索活動

[救急活動]
・医療関係者と連携した避難所からの救急搬送
・病院や高齢者福祉施設からの転院搬送

[その他]
・消防防災ヘリによる孤立集落への物資搬送
・消防庁職員による火災原因調査

■大阪市消防局
外前田隊長

私は大阪府大隊第1次派遣の大隊長として、大阪府内消防本部の消火隊、救助隊、救急隊など全52隊、消防職員約200名を率いて活動全体の指揮を執りました。
大阪府大隊は、発災当日に消防庁長官からの出動指示を受け即日、被災地に向け出発しました。活動地として指定された輪島市への進出には、能登半島の地形的な特徴から、交通アクセスが限られるうえ、地震の影響により各所で地割れや道路陥没、落石等が発生し、車両の通行が困難な状況となっており非常に厳しい状況でしたが、一刻も早く、歩いてでも輪島に向かおうという思いで動きました。
大阪府大隊の統合機動部隊には特殊装備小隊(重機および重機搬送車)が編成されているため、重機を使用して道路啓開を行いながらじりじりと前進し、通常であれば1時間程度で移動できるところを9時間かけて、ようやく輪島市街地に到着することができました。
1月2日、奥能登広域圏事務組合消防本部輪島消防署に到着しましたが、向かう道中、通信が途絶えていたため、こちらの状況を伝えることができず、現地の消防職員の方々からは、大阪府大隊の輪島入りは無理だろうと思われていたようです。そこへ、思いがけず大阪府大隊が到着したため、驚きをもって迎えられました。
輪島市内では、想像を絶するような悲惨な状況が広がっていました。被災地域が広大であるため、まずは倒壊した住宅内に要救助者がいないか、声かけでの検索活動を実施しました。反応があれば救助活動を行うローラー作戦で、まさに時間との戦いでした。こうした地道な活動により、倒壊した家屋の中に閉じ込められていた高齢女性を発見し、生存救出がかなったものと考えています。
大阪府大隊としての活動は、2月2日までの33日間、延べ1,500名を超える隊員によるものとなり、生存者2名を含む13名の救出、223名の救急搬送を実施しました。
多くの方の命や平穏な生活を一瞬にして奪い去った令和6年能登半島地震。改めて、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまの生活が一刻も早く復興されることを願っております。

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