■利根町の財産って何ですか?
利根町に何度も足を運び、シニアの方々にお話を聞いてきた産業民俗学者の春木先生にアドバイスを頂きながらプロジェクトを進めています。
「利根町思い出ライブラリ」について、あらためて春木先生にお話を伺いました。
余所者としてある町に伺う時にまず知りたいのは、そこはどういう町で、そこではどういう人がどう暮らしてきたのか、その町で暮らす人々の日常の暮らしです。観光や歴史的なことに関する資料は、どの町でも力を入れて作成しています。しかし本当にその町を理解するためには、日常のことも知りたいのです。祭りや行事など「ハレ」の日は、日常「ケ」の日があって初めて意味を持ちますし、何より地域はまず人々が暮らす場所だからです。
例えばある町は、過疎指定を受け、若い人たちが町から出て行って高齢化率が高くなったと言います。その対策を考える前に、そもそもなぜそうなったのか、元々はどういう産業があった町で、いつからそうなったのか、そうしたことも理解しておく必要があるのではないでしょうか。特に今、地方が抱えている課題は、この国が大きく変わってきた、戦後から高度成長の時代辺りに大きなターニングポイントがあったはずです。
筆者は、フェリス女学院大学に在職中に、利根町の他、真鶴町、横瀬町など、都市圏から近い距離にある近郊都市に着目して研究してきました。授業ではその町を知るために、地域のシニアにインタビューをさせていただきました。私たちが聞きたかったのは、シニアの自分語りでした。なぜなら、長く生きてきた方の人生は、そのまま町や時代の歴史でもあるからです。利根町では、御年90歳(当時)の行商人の方と学生たちが対話させていただきましたが、その方が語る当時の記憶や商売のことなどは、素晴らしい戦後史そのものでした。
こうした経験から、シニアの記憶と記録は、その地域の最大の資産であり、未来に継承すべきものだという思いを強くしました。人々の人生の物語は、集まることで大きな時代と地域の記録、物語になっていきます。利根町には、戦前から戦後という激動の時代を乗り切ってきたたくさんのシニアの方々がおられます。今回、利根町とご縁をいただき、利根町を舞台にシニアを中心とした地域住民の記憶を、インタビューによって収集しながら、個人写真や映像、書面などの記録を集めて、利根町の記憶と記録からなる、住民によるアーカイブズ「利根町思い出ライブラリ」を作成しようと計画しています。そしてそれを利根町の資産として、次の時代に残していければと考えています。
ある町のことを知っているのは、その町で暮らしている方なのは言うまでもありませんが、その町と縁を持って出入りしている人も、住人が気付いてないことに目が向くこともあります。そういう人たちのことを「関係人口」と呼びます。筆者は、川べりで強烈な夕日を浴びたり、路地裏の洋食屋さんのハンバーグも食べました。夕方5時に流れるドボルザークの家路も何回も聴いています。ですので、利根町の関係人口の一人だと思っています。私は利根町の財産は、まずそこで暮らしてきた住民の方々とその記憶だと思っています。
・春木良且先生
産業民俗学者
(一社)先端社会科学技術研究所代表理事
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員
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