長与町に立地する長崎県立大学シーボルト校。
すぐ近くの大学でどのような研究が行われているかをシリーズで紹介していきます。
■人生の様々な状況で生じる苦しみとそれを和らげるケア
—苦しみを緩和できる対人援助職の育成を目指して—
看護栄養学部 看護学科
吉田 恵理子 准教授
私たちは、病い・障害・老い・死といった人生のさまざまな状況で、自分に価値がないように感じたり、生きることが無意味に思えたり、孤独や疎外感を感じることがあります。このような苦しみをスピリチュアルペイン1)と言います。人間の苦しみは、その人が置かれている客観的状況と、その人の主観的な想い・願い・価値観とのズレが苦しみを構成し、このズレが大きいほど苦しみが大きくなります。(図1、表1)
現在私の研究室では、吃音をもつ人の苦しみ、長崎の被ばく高齢者が体験した苦しみ、がんで治療を受けた人の苦しみ、身体機能が低下した高齢者の苦しみなど、人々の体験を現象学という方法で解明する研究を行っています。
例えば、身体機能が低下した高齢者の苦しみは、関節の痛みで思うように動けない身体的苦しみだけでなく、「人の世話になって、自分の事が自分でできなくなって情けない」(自律性のスピリチュアルペイン)、「先がない。身の回りを整理しようと思うが何からしたらよいかわからない」(時間性のスピリチュアルペイン)、「孤独だ」「息子が時々電話をくれるが、一人ぼっちのようで寂しい」(関係性のスピリチュアルペイン)など様々な苦しみが存在していました。
同じ訴えでも、医療・福祉の専門職が、その訴えのどこに意識を向けるか(意識の志向性)によって、相手との関係性、対応が違ってきます。看護師や福祉職は相手が「わかってもらえた」と感じることができるようなコミュニケーションが大切です。しかし、実際の現場では、専門職の焦点は、正確で効率的に情報を得、業務をすることに向けられがちです。もちろん、正確で迅速であることは大切です。しかし、それだけでは「ひと」が置き去りにされてしまうのではないでしょうか。研究とともに、人々の苦しみを緩和することができる看護や福祉の対人援助職に対する基礎教育からの教育プログラムの開発にも取り組んでいます。
〔参考文献〕
1)村田久行:終末期患者のスピリチュアルペインとそのケア —現象学的アプローチによる解明—,緩和ケア,15(5),385-390,2005.
*村田は、このスピリチュアルペインを「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義し、その構造を人間存在の時間性・関係性・自律性の3次元から解明しています。
図1 苦しみの構造
表1 スピリチュアルペイン(意識の志向性とあらわれ)
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