■希少動植物調査員からの報告(47)
9月初め、原向にある大きな溜池でトンボ類の調査をしていたところ、突然、頭上高くをひらひらと飛ぶ、翅の黒っぽいトンボを目撃しました。
それは、なんとチョウトンボでした。このトンボは、水草が繁茂する植生豊かな池沼に生息します。その翅は日光が当たると青紫色に輝き、まるでチョウのような美しさです。また、ほかのトンボに比べ、特に後ろ翅が幅広いため、飛ぶときの様子が、チョウのようにも見えます。
これまでの調査では、泉平にある溜池でこのトンボを確認しています。村内で、毎年発生を確認している場所はこの溜池だけです。
このチョウトンボが、突然原向の溜池で見つかったのです。調査を始めて、5年目での初記録です。
この溜池は、秋になると毎年水が抜かれ、水草もほとんどないため、チョウトンボの生息には適さないと思われる池です。また、今年の夏は、青倉集落上の城ヶ館の水田内でもこのトンボが1匹、目撃されています。どちらも、一時的な分布と思われますが、どうやって、またどこからこうした場所にやってくるのでしょうか?本当にふしぎです。
◆移動するトンボのふしぎ
トンボの中には、赤トンボの代表でもあるアキアカネのように、毎年決まった移動をするトンボがいます。アキアカネは、毎年6月~7月に村内の水田で羽化し、より標高が高く涼しい山地で避暑しながら成熟し、赤く色づきます。そして、9月になると、再び村内の水田地帯に大集団で戻ってくるのです。
チョウトンボの場合は、アキアカネの移動とは異なります。新たな生息地としての新天地を求めて、パイオニア精神旺盛な個体が旅に出るのでしょうか?
毎年チョウトンボが見られる泉平の溜池から原向の溜池までは、直線距離で約6kmも離れています。また城ヶ館は、4km以上離れています。ひょっとして村外の生息地から飛来したとすると、さらに移動距離は大きくなることでしょう。
トンボ類は、昆虫の中でも特に優れた飛翔能力を持つ昆虫です。ですから、それくらいの距離は朝飯前なのかもしれません。
アジアイトトンボという体長わずか3cmほどの小さく、か細いトンボがいます。村内でも複数の池や湿地などで確認しています。このイトトンボが、潮岬の南方約500kmの太平洋上で複数見つかったと、以前何かで読んだ覚えがあります。きっと気流や季節風など、風の力も利用しているのだと思いますが、それにしてもその飛翔能力には驚かされます。
ほかにも、村内ではお盆のころに田んぼの上を漂うように飛び交うウスバキトンボは、毎年南方からやってきて日本で数世代を過ごしながら北上し、やがて死に絶える、というサイクルを繰り返しています。
◆村内でも分布が拡大!
今年の調査では、ホソミイトトンボの村内での新たな生息地を4か所も確認しました。このイトトンボは、もともと西日本が分布の中心でしたが、近年急速に分布を東日本や北日本に拡大しています。県内でも同様で、2022年の村内での初記録は、長野県内の分布を書き換える大きな発見となりました。(広報『さかえ』2022年9月号)
このトンボの分布拡大には、温暖化が影響していると思われますが、小さな体でどのように新たな生息地にたどり着くのか、まだまだ謎が多いトンボです。
昆虫たちは、我々人間が考える以上に、種の繁栄のための素晴らしい能力を持っているのですね。ひょっとして皆さんの庭先の池にも、これまで見たことのないトンボがやってきているかもしれません。
(栄村希少動植物調査員・涌井泰二)
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