年が明けると1月には恒例の、第42回いぶすき菜の花マラソンが開催されます。毎年、10月の下旬に市内の園児たちにお手伝いをもらいながら、菜の花の種まきをしています。全国各地から来られる多くのランナーを満開の菜の花でお迎えする為には丁度今頃から準備を始めておかねばなりません。
そもそも菜の花は普通であれば3月頃に咲く初春の花です。それを、菜の花マラソンの頃に丁度満開になる様に、市内の観光関係者達が改良に改良を重ねて、とうとう現在の早咲きの菜の花にまで作り上げたと聞いています。
■司馬さんと菜の花忌(き)
司馬遼太郎と言えば、日本を代表する歴史小説家です。市民の皆様も、彼の本を手に取った事のある方は沢山おられるのではないでしょうか。代表作とも言われる『竜馬がゆく』や『翔(と)ぶが如(ごと)く』をはじめ、NHKの大河ドラマに原作が採用された作品は既に6本を数え、日本の小説家の中では群を抜いて第一位です。彼の残した多くの作品は全部で2億冊を超えて発刊され、日本中の人々に愛読されています。
司馬遼太郎は、今から28年前の1996年、72才でこの世を去りました。彼の遺(のこ)した作品のひとつに『菜(な)の花(はな)の沖(おき)』(全六冊)という長編小説があります。指宿の八代濵崎太平次と同じ江戸時代末期に活躍をした函館(はこだて)の豪商(ごうしょう)、高田屋嘉兵衛(かへえ)をモデルにした小説です。
司馬さんは生前、野に咲くタンポポや菜の花のような黄色い花が好きでした。彼の命日となった2月12日は、この『菜(な)の花(はな)の沖(おき)』にちなんで、いつしか「菜の花忌(き)」と呼ばれる様になりました。
■街(まち)を飾(かざ)る指宿の菜の花
東大阪市の一隅(ひとすみ)に「司馬遼太郎記念館」が立っています。2月上旬の一番寒い時期にこの記念館を飾(かざ)るたくさんの黄色い菜の花があります。そしてその花々は、私達、指宿から毎年、贈られているものなのです。
記念館の上村(うえむら)館長から届くお礼状に誘われて、今年の初夏、5月に指宿市長として、又、熱烈な司馬遼太郎のファンとして、初めて司馬遼太郎記念館を訪(おとず)れて参りました。この記念館は現在、司馬さんの奥様の弟夫婦が運営されておられ、とても温かい歓迎をしていただきました。
毎年届く指宿からの菜の花がとても有難いという事。記念館がオープンした時に、たまたま職員に開聞町出身の方がおられ、その方からのご縁(えん)で菜の花の交流が始まった事。記念館の周辺の高校の生徒達や街の方々などのボランティアが毎年、駅から記念館への道を菜の花で彩(いろど)ってくれる事。
話せば話すほど、司馬遼太郎という大作家と2月12日に満開の菜の花が咲きほこる指宿とは、「菜の花」を通じた実に深い繋がりを感じざるを得(え)ませんでした。同時に、指宿の菜の花がとても誇らしく思いました。今や、菜の花は指宿市の大切なシンボルであり、その黄色は指宿のイメージカラーとして定着しています。市民の皆さん、もし大阪に行く機会がありましたら、是非、「司馬遼太郎記念館」を訪(たず)ねてみてはいかがでしょうか?そこでも、きっとふるさとを感じられると思いますよ。
(指宿市長 打越 あかし)
・今年も150本の菜の花が入った段ボール箱が3箱、記念館に到着しました。ありがとうございます。この道は街の人たちから“菜の花ロード”と呼ばれています。
(上村館長からのお礼のお手紙より一部抜粋(ばっすい))
◆司馬遼太郎記念館
〒577-0803
大阪府東大阪市下小阪3丁目11番18号
【電話】06-6726-3860
休館日は月曜日(祝日・振替休日の場合は開館し、翌日休館)・9月1日〜10日・12月28日〜1月4日。開館時間は10時〜17時(16時30分まで入館受付)
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