文化 国見の民話かるた

■第三十回/西宮和尚(さいきゅうおしょう)の墓のこと
暗討(やみう)ちに あってくやしい 西久法院(さいきゅうほういん)

今から二百年以上むかし、西宮院和尚という修験者のお坊さんがいたそうです。修行のかたわら寺子屋の師匠もしていて、河原から小石を拾って来ては、それにお経を書くという平和な毎日を送っていたといいます。
さてこの和尚の一番の楽しみは囲碁を打つことで、この地方の名人を負かすほどの名手。和尚に負かされた名人が大層恨みに思い、ある時、和尚が保原からの帰りを手下に待伏せさせ、とうとう殺してしまったそうです。恐らくお振舞い酒席からの帰り道でもあったのでしょう。武器になるものが何も無く「木太刀一本あれば」と言って亡くなったそうです。
その時討った人は、照内の剣豪佐久間という人だったという説もありますが、分かりません。ただ和尚は修験者。武器があれば、むざむざ討たれはしなかったでしょう。その後、和尚の霊を「死霊権現」として祀り、木刀を上げて霊を慰め、戦時出征兵士は木刀を奉納して無事の帰国を祈ったといわれ、今でも西宮院の墓を動かすと祟りがあると伝えられています。