文化 古河歴史見聞録

■文学の風景
~記録された古河の景色と記憶~
現在、文学館ではスポット展示「文学の風景~描かれた古河~」を開催中ですが、このタイトルを決めるのにかなり逡巡(しゅんじゅん)しました。
「風景」か「景色」か。
辞典を引いたり、論文での用例を当たってみたりしたところ、どうやら「風景」は主観的に見た景色を記憶に定着させたもの、つまり見た人の思いが込められた眺め、といえるらしい…。

◇古河が登場する文学作品
閑話休題。わがまち古河は、歴史小説家の永井路子をはじめ、数多くの文学者を輩出してきたまちであると同時に、多くの文学作品の舞台として描かれてきたまちでもあります。
古河が歴史上に初めて姿を現すのは、日本最古の歌集『万葉集』。その後も西行法師の『山家集(さんかしゅう)』をはじめ『廻国雑記(かいこくざっき)』や『東路(あづまじ)の津登(つと)』『鎌倉大草紙(おおぞうし)』などの紀行や軍記物、そして近世戯作の傑作・曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』などにもしばしば登場しています。
また近現代作品に至っては、それこそ枚挙にいとまがありません。
森鷗外『大塩平八郎』、田山花袋(かたい)『田舎教師』、吉屋(よしや)信子『徳川の夫人たち』、海音寺潮五郎『かぶき大名』、司馬遼太郎『功名が辻』、笹沢左保『木枯らし紋次郎』、井上ひさし『四千万歩の男』、池宮彰一郞『天下騒乱』、乙川(おとかわ)優三郎『冬の標』、諸田玲子『仇花』、宮本昌孝『風魔』、西條奈加『六花落々(りっかふるふる)』、佐伯一麦(かずみ)『渡良瀬』、池部良『そよ風ときにはつむじ風』等々。古河ゆかりの作家の諸作でも、小林久三『暗黒告知』『むくろ草紙』、佐江衆一『あの頃の空』、永井路子『一豊の妻』『わが町わが旅』など、多くの作品に顔を出しています。

◇古河を見つける興趣
これらの作中では古河公方(くぼう)が、土井利勝が、あるいは鷹見泉石や奥原晴湖が活躍し、また、さまざまな時代の古河の風景が描かれています。作家が思いを込めて描いた往時の景色に出会う――今となっては失われてしまったものもありますが――こうした古河が登場する作品に出会ったとき、古いアルバムを開いたときのような懐かしさと喜びを感ぜずにはいられません。同じような感興を得たご経験をお持ちの向きも多いのではないでしょうか?

◇後ろ向きで未来へ
ところで、フランスの詩人・思想家のP・ヴァレリーが残したといわれている言葉があります。
「湖に浮かべたボートを漕ぐように、人は後ろ向きに未来へ入っていく」
未来への道はただ前向きに先を見つめるだけでなく、過去を振り返りながらでなくては進むことができない、ということでしょうか。
私たちのまち古河には、振り返るべき過去――文学者が記録した「風景」が豊富に残されています。
まずは、古河が登場する文学作品を発見することを楽しみ、その作品を片手にまちなかに繰り出してみませんか?
文学に刻まれた風景と現在の風景とが相まって、より豊かな景色として記憶されるに違いありません。読書がいっそう楽しくなること請け合いです。

古河文学館学芸員 秋澤正之