- 発行日 :
- 自治体名 : 栃木県小山市
- 広報紙名 : 広報おやま 2025年1月号
◆小山町衆の心意気「祗園祭」
今も続く須賀神社の祗園祭。江戸時代末期の嘉永3(1850)年、河野守弘(こうのもりひろ)が著した「下野国誌」には、下野の国(現在の栃木県)第一の祗園祭であったと記されるほど昔から有名なお祭りです。
江戸時代の祗園祭は例年旧暦6月7日~16日まで10日間にわたって行われ、このうち6月7日~14日までが本祭、15・16日が付け祭でした。付け祭は氏子町民が主体となって行われる余興行事で、あらかじめ年番町(祭事の持ち回り当番)が決められており、各町は他の町内には負けじと屋台の建造・舞狂言などの奉納の派手さを競ったと言います。
◆小山彫刻屋台の特徴
上部2の写真は昭和11(1936)年、観晃橋開通祝賀記念の際に旧稲葉郷屋台が撮影された貴重な写真です。
各町内は本屋台と付屋台の2台を保有しており、2台を横に並べて2倍(9畳以上)の舞台とした形状の「踊り屋台」となり、日本で唯一の形態とされています。
その大きさは、1台の屋台が間口2.7m、奥行き5.4m、高さ5.7m(車輪付き推定)となり、鹿沼などの一般的な彫刻屋台と比べても約1.5倍です。
小山彫刻屋台は、彫刻屋台の歴史を知る上で大変貴重なものとなっています。
◆復元された旧稲葉郷屋台
令和6(2024)年10月14日~11月14日に旧稲葉郷屋台が市制70周年に合わせて約20年ぶりに復元され、須賀神社会館にて一般公開されました。部材の破損欠損が多いため、本屋台と付屋台の2台の使用可能な部材を組み合わせて、1台が組み立てられています。(上部写真1)
旧稲葉郷屋台は文化12(1815)年に建造され、小山彫刻屋台の歴史の中では後期にあたります。後期では厚い板材を使い立体的・写実的に彫る彫刻が特徴で、上部写真3の妻飾り(屋根部分の装飾)の彫刻にもその特色を見ることができます。
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