- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県寄居町
- 広報紙名 : 広報よりい 令和7年12月号
■原口文仁さんヒーローインタビュー
▽プロ野球生活を振り返って印象に残っているシーンを教えてください。
プロ野球生活の中でうれしかった瞬間は、やはり初めてヒットを打った時です。ファーム(二軍)にいる期間が長かったこともあり、その中で金本さん、掛布さんに、舞台を用意していただいて、そのうえ、小さい頃から大好きだったジャイアンツ戦で、プロとしての一歩目をスタートできたことは、本当に印象に残っています。
▽度重なるけがや大腸がんの治療など、どのような気持ちで困難と向き合ってきたのでしょうか?
若い時、一軍の舞台に上がりたいという思いで、日々練習していましたので「強くなって復帰する」という気持ちは常に持っていました。
また、病気になってからは、価値観や見え方が大きく変わりました。病気になったことは使命だと感じており、病気で頑張っている患者さん、ご家族の方へ勇気や元気を与えたいという気持ちで取り組むようになりました。
▽プロ野球選手を志したきっかけを教えてください。
友達が野球をしているところを見て、野球を始めて、そしてプロ野球を見るようになり、高校野球を見るようになり、そういった中で自然と目指し、夢にしていたという感じです。ジャイアンツ戦は地上波で放送されていたので、数多く目にして、プロ野球選手への憧れを持っていましたね。
▽寄居町のファンの存在はどのようなものでしたか?
最近では地元からの応援をSNSで見る機会が多くて、本当にありがたいと思っていました。その前からも地元の声をよく、友達や知り合いから聞いていました。町を挙げて応援していただいていることは、肌で感じていたので、それに応えたいという気持ちで試合に臨んでいました。
▽プロ野球選手を目指す、町内の子どもたちへアドバイスをお願いします。
夢や目標を高いところに設定し、その目標から逆算して、小さい目標をどのようにクリアしていくかが大切です。それは明日の目標で構わないし、一週間後、一カ月後の目標でも構いません。小さな目標を一つ一つクリアしていくことが、大きな目標にたどり着く道だと思います。努力をコツコツ積み重ねていけば、レベルは必ず上がっていきます。
▽最後に町民の皆さんへメッセージをお願いします。
プロ野球生活16年間、本当に幸せな野球人生でした。この16年があるのは、寄居町で育ったおかげであり、町全体で応援していただいたことが僕の力になりました。これからプレーヤーとして、皆さんに姿を見せられないことは残念ですが、これから違ったかたちで、また皆さんのお目にかかれるように、必死になって仕事をしていきたいと思います。ありがとうございました。
■〔Interview〕原口さんが小学4年生から所属した少年野球チーム「キングフィッシャーズ」(当時:寄居ビクトリーズ)の皆さんにお話を伺いました。
原口さんを小学生の頃に指導した田中静雄さん(上の原)は「昔を思い返すと人一倍野球が大好きで、厳しい練習でも決して泣くことのない強い子でした。プロ野球生活では、さまざまな苦労があったろうと思います。本当にお疲れさまでした」とねぎらいました。キャプテンの萩原一翔さん(寄居小6年)は「がんと闘いながらも、あきらめない姿を見て元気と勇気をもらいました。僕たちもいつか原口さんの背中に追いつけるように頑張っていきたいです」、坂本琥珀さん(鉢形小6年)は「原口選手のようなプロ野球選手になることが、僕たちの憧れであり目標です。これからも一生懸命練習を頑張ります」と話してくれました。
