- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県佐倉市
- 広報紙名 : こうほう佐倉 2025年12月1日号(1466号)
■第2部 戦争と平和を「考える」
◆南壽あさ子 ミニコンサート
日本で戦争があった80年前を知る人は、どんどん少なくなっています。そんな状況の中で、何が大切かと考えてみると、今日のように、知ろうとすることが第一歩ではないかと思います。そして、二度と同じことが繰り返されないように、自分には何ができるかを考えることだと思います。
広島で奇跡的に焼け残った「被爆ピアノ」を管理している、調律師の矢川光則さんをモデルにした『おかあさんの被爆ピアノ』という映画で、主題歌を担当しました。そのご縁で、いろいろな場所で被爆ピアノの平和コンサートにも参加しています。また、その主題歌「時の環」の譜面の売り上げを広島市に寄附しています。
歌を届けられる、聴いてもらえる時間があること自体が、とても平和なことだと思い、私にできることをやってみようという思いで活動しています。
今日は最後に「時の環」をお届けして、皆さんに何か感じていただけたら嬉しいです。
▽南壽あさ子さん
佐倉市出身のシンガーソングライター。2013年にメジャーデビュー。現在、3度目の47都道府県ツアーを敢行中。
◆佐倉市×予科練平和記念館(茨城県阿見町)
「陸軍のまち」、「海軍のまち」としてそれぞれの歴史を持つ佐倉市と茨城県の阿見町は、平和への思いを未来へ語り継ぐため、現在、連携を深めています。まちと戦争とのかかわりについて、佐倉市文化課と予科練平和記念館の学芸員が解説しました。
今日、会場になっている国立歴史民俗博物館がある場所には、明治時代の初めから終戦まで、陸軍の「連隊」が置かれていました。日露戦争後、陸軍が部隊を増やす中、1909年に置かれた歩兵第五十七連隊は、千葉県全域から若者を徴兵しており、地域との結びつきが強い「郷土部隊」として知られています。当時の佐倉中学校(現千葉県立佐倉高等学校)では、兵隊式の体操や野外訓練の授業が積極的に導入され、連隊の兵舎での宿泊体験などもありました。
昭和になると、満州事変を皮切りに日中戦争へ突入していく中で、佐倉連隊は短い期間で訓練された兵士を戦地に送るだけの場となり、以前のような地域とのつながりは薄れていきました。太平洋戦争末期、レイテ島の戦いで多くの兵士が命を落とし、その後、終戦を迎えて佐倉連隊も解体されることになりました。
現在、歴史の風化を防ぎ、地域の多角的な側面の理解促進の観点から、戦争遺構などを巡る「ダークツーリズム」が注目されています。歴博の第6展示室では、当時の様子がわかる資料などが展示されており、また、佐倉城址公園にも遺構が残されています。佐倉連隊の記憶を継承しているこの場所を、ぜひ巡ってみてください。
[佐倉市文化課 須賀 学芸員]
予科練平和記念館では、「海軍飛行予科練習生(予科練)」と呼ばれた少年たちについて展示しています。第一次世界大戦後、航空機が「戦うための道具」として世界中で使われるようになり、日本もそれに遅れまいと、パイロットの養成を開始しました。1930年に海軍によるパイロットの基礎を教えるための学校が横須賀市に置かれ、14歳半~17歳の少年たちが筆記試験や身体検査を経て入隊しました。第一期生の合格倍率は約73.5倍という狭き門で、当時、憧れの職業だったことが伺えます。その後、1939年に予科練は阿見町に移転することになり、1945年の終戦までに多くのパイロットを輩出しました。
太平洋戦争の戦局が悪化すると、航空機に爆弾を積んで敵艦に体当たりする「特別攻撃隊(特攻隊)」作戦が行われるようになり、最初の特攻隊といわれている「敷島隊」の5人のうち、4人が予科練出身者でした。予科練があった15年間で約24万人が入隊し、戦地に赴いたのは2万4千人、このうち8割を超える1万9千人が亡くなっています。
戦後80年が過ぎ、その体験、記憶が過去のものとなりつつある今、激動の昭和を生きた予科練の少年たちの姿を伝え残すことが、予科練平和記念館の使命です。命と平和について、改めて考えてみてください。
[予科練平和記念館 豊崎 学芸員]
・予科練平和記念館の小・中・高校生観覧料補助については、市ホームページ(右記)をご覧ください。
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■質疑応答・意見交換
登壇者と参加者による質疑応答・意見交換の一部をご紹介します。
Q:鈴木市長が平和に関する活動をしていて、難しいと思うことがあれば教えてください。
A(鈴木市長):国際的な舞台で発信していく中で、国によってさまざまな考えがあり、核兵器廃絶という私たちの思いを同じように共有してもらうのは難しいと感じることがあります。
今の社会は、国内外で分断や対立が進んでいるといわれていますが、考え方や立場の違う相手に対して、まずは、相手のことを知ることが大切だと思います。そのために、皆さんには、視野を広く持ってたくさんのことを学んでいただきたいです。私も、核兵器廃絶の実現に向けて、諦めず、粘り強く訴え続けていきます。
Q:今日、お話を聞いて、過去を忘れないことや未来を信じることが大切だと思いました。他に大切なことがあれば教えてください。
A(西田市長):まずは、皆さんの質問の中で、「自分に何ができるか」を考えてくれているかたが多いことをとても嬉しく思いました。これからも、戦争と平和について考える機会を作っていきたいと思います。
小谷さんのお話にあったように、今日、皆さんは「平和の種」を受け取ってくれたと思います。この種をどうやって咲かせるか、考えてみることが大切だと思います。そして、家族や友達、地域の人と話し合ってみてください。ひとつひとつは小さな力でも、皆さんが語っていくことで、大きな力になると思います。みんなで一緒に頑張っていきましょう!
・講演会の様子を動画でもお届けします!佐倉市公式YouTube(右記)をご覧ください。
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問合せ:広報課
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