- 発行日 :
- 自治体名 : 東京都新宿区
- 広報紙名 : 広報新宿 令和8年1月1日号(第2522号)
【受け継がれる伝統 新たな挑戦】
○狂言師 野村(のむら)萬斎(まんさい)さん
1966年生まれ。重要無形文化財総合指定者。「狂言ござる乃座」主宰。東京藝術大学音楽学部卒業。祖父の故・六世野村万蔵と父・野村万作(人間国宝)に師事。3歳で初舞台を踏み、国内外で狂言の普及に携わる一方、新たな創造活動にも意欲的に取り組む。
650年以上続く狂言の魅力を現代に伝えるべく、幅広い活動に取り組む狂言師・野村萬斎さん。伝統を受け継ぎながら、ジャンルを越えて新たな挑戦を続けるその姿勢は、どこかまちづくりとも似ているようです。
■古いものと新しいものが共存しながら進化するまち
区長:萬斎さんは、ここ新宿文化センターでは何度も舞台に立たれていますし、矢来能楽堂や東京グローブ座、秋に薪能(たきぎのう)が行われる新宿御苑など、区内のさまざまな劇場等で活躍されていますね。新宿にはどのような印象をお持ちですか。
萬斎:稽古場が近いこともあって、新宿は若い頃から馴染み深いまちです。中でも東京グローブ座は、20代の頃にシェイクスピアの舞台にも立った思い出の場所。同じ古典とはいえ、狂言とシェイクスピアという異なる世界に関わることで自分の視野が広がり、イギリスへ留学するきっかけにもなりました。その頃はバブル期ということもあって、プライベートでは先輩に連れられて歌舞伎町のまちに繰り出したりもしましたよ。遅くまで飲んで、次また一軒などと。修業中でしたので、まちに出てさまざまな人を観察することが社会勉強になりました。当時もエネルギーにあふれた若者など、さまざまな人が新宿には集っていましたね。多様な人間を演じるのが狂言の世界なので、演じる上で糧(かて)になりました。
区長:今でもプライベートで新宿にいらっしゃいますか。
萬斎:はい、特に、素敵なお店も多い神楽坂にはよく食事に行きます。新宿は、活気があるエリアや閑静な住宅街など、エリアによってさまざまな色合いや表情がありますね。
区長:新宿は10分歩くと全く違うまちになるといわれています。繁華街があり、商店街があって、高層ビルが建ち並ぶエリアがあり、緑があり、川がある。区としても、そうした多様なまちの表情をこれからも大事にしていきたいと考えています。
萬斎:能楽堂がある矢来町もそうですが、新宿には古い町名が残っているのがいいですね。
区長:昔、町名を集約した住居表示をしようとした時に、住民から「昔の町名を残してほしい」という声が上がりました。古いまちの名前が残ったことで、町会や自治会が今も存続していて、お祭りの時期には町内ごとにお神輿(みこし)が出ます。移住してきた若い方は「ここは下町なんですか?」と驚くほど、地域のコミュニティが色濃く残っているんです。古い町名はその地域の記憶であり、アイデンティティなんですね。
萬斎:新宿は古きものと新しいものとが共存するまちなんですね。変えていいことと変えちゃいけないこと、というのはやはりあって、狂言もまちづくりも同じですね。携わる人のセンスによるところも大きいですが、アイデンティティを失わなければ、伝統や歴史を継承しながら時代の変化に大いに挑戦できると思います。
区長:やはり、そこに住んでいる人や、そこで働いている人たちがそのまちに愛着が持てなければ、まちの歴史や文化をきちんと残していこうという意識にはつながらないと思いますので、まちの成り立ちを皆さんにも意識してもらえるようなまちづくりをしていきたいと考えています。
萬斎:私は古典芸能の世界を今の時代にどう届けるべきかを日々模索しているので、とても共感できます。
■ジャンルを越えた活動が視野を広げる
区長:萬斎さんは650年以上続く狂言に携わる一方で、ドラマや映画など、他の分野にも積極的に関わっていらっしゃいます。映画『シン・ゴジラ』では、ゴジラの動きを担当されていました。ゴジラは歌舞伎町のビルに巨大なモニュメントがある新宿の顔でもあり、区が特別住民票を交付して新宿観光特使にも任命している国際的なキャラクターです。ここでも新宿との縁を感じますね。
萬斎:ゴジラの初代スーツアクターの中島春雄さんが「ゴジラの動きは能に近い」とおっしゃっていたそうで、それをご存じだった監督から依頼されたんです。『シン・ゴジラ』のシンは「新」「真」でもあるし、「神」でもあるということで、私は狂言の動きとともに龍のように手の平を上に向けたポーズを考えて神話的なイメージを加えました。
区長:さまざまなチャレンジをされることで古いものと新しいものが共存しながら進化するまちジャンルを越えた活動が視野を広げるご自分の視野を広げる一方、狂言に興味を持ってもらうきっかけにしたいという思いもあるのでしょうか。
萬斎:他者を知ることではじめて己の現在地が分かることもありますね。何百年続く古典だ、伝統だといっても、それをご覧になるのは現代を生きる方々ですから、その方々が興味を持って見てくれないと、そこで途絶えてしまいます。まちも、いくら歴史があるといっても住む人がいなくなったらなくなってしまいますよね。ですから、時代の空気を読みながら、例えば漫画を狂言に取り入れたり、フィギュアスケーターとコラボレーションしたり、より実感をともなって見ていただけるような工夫をしています。とはいえ、ただ分かりやすくすればいい訳でもなくて、「魂を抜かれるような美しさ」を芸術というのなら、その「美」というものはなくしてはいけない。狂言は「笑い」の要素も大きいのですが、父(野村万作さん)からの「美しくあれ」という教えもあって、そこは一つの気概として守りたいと思っています。
区長:そうした思いが、また次の世代へと受け継がれていくのでしょうね。
