文化 箕輪の文化人紹介(2) 探偵作家 大下 宇陀児(うだる)

大下宇陀児(本名木下龍夫)は、明治29(1896)年に中箕輪村木下に生まれました。旧制松本中学校(現松本深志高校)から旧制第一高等学校(現東京大学教養学部)、九州帝国大学(現九州大学)に進学し、卒業後は、商工省臨時窒素研究所に勤務しました。元々は理系で、作家志望ではありませんでしたが、雑誌『新青年』に応募した「金口の巻き煙草」が認められ、作家デビューしました。
専業作家になってからは、「阿片夫人」や「蛭(ひる)川博士」などの長編作品を発表して、探偵作家としての地位を確立し、人間をテーマに、犯行の動機や最後の結末に力点をおく作品を次々に執筆しました。
終戦後、大きく変わった世の中にとまどった大下は、新しい感覚で生きる若者(アプリゲール)について探求して多くの作品を残し、昭和23(1948)年から連載を開始した「石の下の記録」では第4回探偵作家クラブ賞を受賞しました。
また、NHKラジオのクイズ番組「二十の扉」ではレギュラー回答者を務め、国民的なラジオスターとなりました。昭和31(1956)年には、母校である箕輪中部小学校の校歌を作詞したり、作文奨励のための寄付も行ったりして、故郷の子供たちに愛情を注ぎました。昭和41(1966)年に70歳で亡くなりました。