- 発行日 :
- 自治体名 : 岐阜県坂祝町
- 広報紙名 : 広報さかほぎ 2025年12月号
■覚専(がくせん)寺の入仏式
覚専寺はもともと戦国時代に猿啄(さるばみ)城の鬼門寺として深萱に建てられ「大洞見城寺(おおぼらけんじょうじ)」といいました。鬼門寺とは、古くから鬼が出入りをするといわれる北東の方角に、鬼を防ぐためにつくられた寺院です。見城寺は、この後勝山に移転しました。初めは天台宗でしたが後に真宗に変わり、江戸時代の初めのころには寺号は「青木山覚専寺」と改められました。
明治24年におこった濃尾地震で深萱、勝山は大きな被害を受けました。寺の建物も山門を残してすべて倒壊し、以後数十年仮殿で法要が営まれていました。明治33年には、寺の位置が人里から離れていて参詣に不便なので現在地に移転しました。そして大正3年本堂が再建されました。入仏式が行われたのは大正15年4月でした。この時造られた鐘は太平洋戦争のため供出されましたが昭和22年改めて造られ鐘楼も新築されました。
※猿啄城の「啄」は環境依存文字のため、置き換えています。正式表記は本紙をご覧ください。
