文化 まちの文化財(254)

■宗恩寺(そうおんじ)と筒川方外(つつかわほうがい)
宿南の宗恩寺は、慶長元年(1596)、芳岩安宗和尚の開基によって創建された曹洞宗の寺院です。安宗和尚は新温泉町諸寄の龍満寺も開いておられます。寛延元年(1748)に現在の本堂が建築され、享保六年(1721)には境内に地蔵堂が移築されました。
明治5年(1872)、青谿書院に筒川方外和尚が入門しました。住所は「伯耆国久米郡倉吉 宿僧吉祥院」となっています。宗恩寺に宿泊して修行しながら学びました。
筒川方外(弘化4年〜明治37年)は彦根藩に生まれ、彦根藩主 井伊直弼(いいなおすけ)侯の禅の師である仏洲仙英(ぶっしゅうせんえい)和尚の弟子、逸山仙秀和尚について得度しました。仙英和尚は倉吉市の吉祥院、鳥取市の景福寺の住職を務めた後、彦根藩主井伊家の菩提寺、清凉寺の住職となっています。
明治10年、31歳の方外和尚は仙英和尚の孫弟子として吉祥院の住職に迎えられました。しかし同年5月、乞われて宗恩寺の住職に転住し、明治22年には曹洞宗大学林(駒澤大学の前身)の教頭を務めました。そして明治33年に静岡県の修善寺に転住しました。
方外和尚は豪剛な気性で地元から絶大な信頼を集め、宗恩寺には弟子や雲水などの修行僧が集まりました。
宗恩寺には草庵が書いた「憂勤惕厲(ゆうきんてきれい)」の扁額があります。一日一日のなすべきことを自分は本当になしとげているのか、という反省の心を示しています。
(教育委員会歴史文化財課)