- 発行日 :
- 自治体名 : 鳥取県境港市
- 広報紙名 : 市報さかいみなと 令和7年12月号
■古代から続く5市のつながり―「出雲風土記」から―
◇交通・流通の大切さ
現在、私たちの生活を支えているのは、人の交通や物・情報の流通です。米子市、境港市、安来市、松江市、出雲市および大山圏域には2カ所の空港、縦横3つの自動車専用道があり、鉄路も含め欠かせないインフラです。
しかし、車社会の進展は高度成長期以降であり、鉄道でも開通は明治後半以降です。それまでは船による水上交通が主役でした。
◇古代の水運と地域圏
水運には長い歴史がありますが、奈良時代に作られた「出雲国風土記(いずものくにふどき)」(733年完成)から、5市のつながりを見てみましょう。5市は、その東西を中海・大橋川・宍道湖が貫いています。風土記では、この3湖川をあえて分けては呼ばず、「入海(いりうみ)」として一つの名で記しています。日本海とは砂州で隔てられる入海は、地域内の交通・流通に大きな役割を果たしていたからでしょう。米子、境港、安来は都のある東側の出入り口として、出雲は文明の先端たる大陸や九州との出入り口として、重要な役割を担いました。松江は二つの湖の間にあって、全域の水上交通をコントロールしていました。
◇国堺(くにざかい)(県境)は作られた線
「出雲国風土記」は、当然ながら出雲国(いずものくに)のことを記しています。一方で風土記は伯耆国(ほうきのくに)のことも書いています。現米子市の粟島(あわしま)神社の小山を「粟島」として記しています。また現境港市を「夜見島(よみのしま)」とし、江島や美保関町とのかかわりを書いています。風土記の編纂(さん)者は、中海から宍道湖の圏域を一体として見ていたのではないでしょうか。古代の国堺は国家の都合で引かれた経緯もあり、現在の県境もそれを引き継いでいるのです。
記事執筆:松江市文化財総合コーディネーター 丹羽野 裕(にわのひろし)
