くらし しあわせCOCORO通信

~市内の小・中学生の作文~さぬき市のホームページでも紹介しています!

■理解すること中学校三年
私はこの作文のテーマを、母の病気のことについて書きたいと思いました。しかし、いざ書こうとなると母の病気のことについて何も知らないことに気がつきました。家族の病気を知らないことに恥ずかしさを感じました。しかし、だからこそこの機会に知るべきだと思い、母に病気について聞いてみました。
母の病気は発熱や激しい炎症を繰り返す、非常に希少な難治性の病気です。日本での患者数は百名程です。私の弟も同じ病気を持っています。
ある寒い日の冬のことです。弟が高熱を出しました。こんなときは頭を冷やすと痛みやつらさをやわらげることができるのを知っているので気づいたときは手伝うようにしています。でもなぜかいつも少しくやしい気持ちがあります。私はなぜ「くやしい」という気持ちになったのか考えました。そして結論として私はその病気でないのでつらさが分からないことなのだと思いました。どうその人の気持ちを考えても痛みやつらさは考えられません。毎回、痛そう、つらそうなど「〇〇そう」という言葉で終わってしまっているのです。そのことを私はくやしいと思っていたのだと思います。家族なのできっとほかの人よりかは分かることがあると思います。しかし、本当のつらさや痛みはその本人にしか分かりません。そのことを私は家族としてとてもさみしく、そして、くやしく思います。
この作文で、母に私の考え、思ってきたことを伝えると、母が手紙を書いてくれました。その手紙は、「分かろうとしてくれていることがうれしい。本人しか分からないことも同じ目線で見て考えようとすることはそれも理解の一つにつながると思う。そういう思いを持つ人がいてくれることで支えられるし、生きていける。」と書かれていました。私はまずこうやって返事をもらえてとてもうれしかったです。そしてこんな私の思いが母を救っていると思うと、私にも母の力になれることがあるのだと思えました。また、私に寄り添ってくれる母がいてくれることが何よりも幸せなことなのだと思えました。
病気なんて関係なく、私のことを大事に思って、たくさん無理をしつつも育てあげてくれた母には感謝しかないです。私はこうやって思うだけでつらさや痛みを理解できていないけれど、母が教えてくれたように何事にも同じ目線で見て考え行動できる、そんな人になりたいです。そして、人のつらさや痛みを少しでも分かろうと寄り添える人になり、人の気持ちを救えるようになりたいと思います。

相手の気持ちを分かろうとすること自体が、すでに相手の支えになっているということを家族とのかかわり中で学び、これから先どのような自分になりたいか、どう行動したいかという考えに結びついているところがすばらしいと思います。お互いを思い合う優しさと感謝の気持ちがたくさん詰まった温かい作文です。