文化 あさくら歴史散歩

市内の歴史遺産のロマンを追いかけるシリーズ

■四十二.国境(くにざかい)
昔、福岡県は筑前国、筑後国、豊前国に分かれていました。また、国は郡によって構成されています。
朝倉市の市域は、以前の筑前国上座郡(じょうざぐん)、下座郡(げざぐん)、夜須郡にあたる箇所です。それぞれの国と国の間には国境がありました。山や川などの自然を境とする場合が多いですが、現在のように測量を行ったわけでもなく、川なども氾濫により移動することもあり、目印がない平野部などでは境目争いが頻発していました。そのため、各国(藩)では境が一目でわかるように杭などの目標物を設置しました。
しかし、杭などの簡素なものは抜き取られることが多かったため、簡単に移動できないように木製品から石製品に置き換わっていきました。さらに、境は当該国が設置するため「是従(これより)□□(方角)は〇〇国」などと刻まれた石柱が当該国側に向け建てられています。国ごとに石柱が建てられ場所によっては背中合わせに2本、3国が接する箇所には3本建てられた例も見受けられます。

問合せ:市文化・生涯学習課
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