文化 芦屋歴史紀行 その三百五十六

芦屋歴史の里では、1月25日(日)に歴史体験講座「錫の古銭づくり」を行います。今回は、芦屋町の海岸に漂着する古銭や陶磁器について紹介します。

■芦屋沖海底遺跡
芦屋沖の海は、波が荒く、古くから海の難所であり、海難事故の多い場所として知られていました。室町時代の禅僧、正徹(しょうてつ)の私家集「草根集(そうこんしゅう)」にも「心せよ 浮寝のよはに 見し夢や 芦屋の灘の 荒き潮風」と芦屋沖の海の荒さが詠まれています。芦屋沖の海には、「芦屋沖海底遺跡」と呼ばれている場所があり、この場所には、沈没してしまった船や嵐に遭遇した船が海に投げ棄てた積荷が多く眠っています。実際に、この場所に潜って調査をおこなったところ、大量の伊万里焼が発見されました。これらは、江戸時代、芦屋から全国各地に伊万里焼を売り歩いた、旅行(たびゆき)商人が残したものと考えられています。

■漂着する旅行商人の遺産
昭和53(1978)年ごろから突如、芦屋や岡垣の海岸沿いに大量の陶磁器や古銭が漂着するようになります。これにはいくつかの理由があるとされますが、その一つにこの海域での漁業の解禁があります。岡垣の三里松原には、戦後、米軍や自衛隊の射爆撃場がありました。この射爆撃場が1978年に閉鎖されるまで、芦屋沖の一部の海域では漁業の制限が行われていました。漁業解禁後、底引き網漁などによって、海の底で眠っていた積荷が動かされ、芦屋や岡垣の海岸へ流れ着くようになったと考えられています。
また、漂着した陶磁器は、割れることなくきれいな状態のままのものもありました。長い間海底で眠っていた陶磁器たちは、遠賀川から流れ込んだ砂を薄くかぶることで、波の影響を受けず、江戸時代当時と変わらない姿のまま、海岸へ流れ着きました。

■芦屋で見つかる漂着銭
芦屋の海岸に漂着した古銭は、芦屋歴史の里で保管しているもので、8000枚を超えます。このうち、表面の文字を解読できるものを分類すると、52種類の古銭があり、もっとも多いのが、江戸時代の寛永通宝(かんえいつうほう)、2706枚です。ちょうど、旅行商人たちが活躍していた時代と重なります。これらの古銭は、旅行商人が使用していたのかもしれません。
芦屋の海岸では、今でも陶磁器の破片などを見つけることができます。また、漂着した陶磁器や古銭は芦屋歴史の里で常設展示していますので、見に来てください。

(芦屋歴史の里)