- 発行日 :
- 自治体名 : 佐賀県伊万里市
- 広報紙名 : 広報伊万里 令和8年2月号
■伊万里市に弥生時代の遺跡が少ないのはなぜ?
弥生時代の前の縄文時代は、狩猟や採取を中心とした生活が営まれていましたが、弥生時代になると大陸から稲作が伝わり、定住して水田をつくるなど、農作業を集団で行うようになりました。それ以降、日本の生産基盤は、稲作が中心となります。
図1は、市内で確認されている遺跡数の割合を、時代ごとに区分したグラフです。合併前の唐津市(図2)と比べると、伊万里市は、縄文時代の遺跡数が多い一方、弥生時代から古墳時代までの遺跡数が、極端に少ないことが分かります。
なぜ、このような違いがあるのでしょうか。
その理由の一つとして、地形が関係していると考えられます。
伊万里湾周辺で、現在、水田となっている場所の多くは、江戸時代以降に干拓された土地です。もともとの地形は、山から一気に海へと落ち込む地形で、平らな土地が少なく、有田川は、大雨の際に氾濫する『あばれ川』であったため、周辺は、稲作に適した場所ではなかったと考えられます。
このように、稲作を生産する基盤に適した土地が少なかったことから、伊万里市は、弥生時代から古墳時代までの遺跡数が少ないと考えられています。
図1:伊万里市遺跡数割合

図2:唐津市(合併前)遺跡数割合

問合先:生涯学習課文化財係
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