◆斑鳩寺鐘楼(いかるがでらしょうろう)
元禄6年(1693)兵庫県指定文化財
斑鳩寺(いかるがでら)は、戦国時代の天文10年(1541)、火事で全焼してしまうんだ。だけど、みんなの助けで元のように再興(さいこう)されたんだよ。鐘楼(しょうろう)を再建したのは、龍野のお殿様だった赤松広英さま。広英(ひろひで)さまは、播磨に攻(せ)めてきた羽柴秀吉(はしばひでよし)さまに龍野のお城を明(あ)け渡(わた)すんだけど、その後、秀吉さまの下で活躍し、但馬(たじま)の竹田城のお殿様になったんだ。そこで、領内(りょうない)の音のいい鐘(かね)を譲(ゆず)り受けて、お米100石と一緒に斑鳩寺に贈り、天正20年(1592)、鐘楼が再建されたんだよ。
残念なことに、その鐘(かね)が割れてしまい、江戸時代に鐘(かね)を鋳直(いなお)して鐘楼(しょうろう)も作り直したんだけど、今も屋根の上には、広英さまが再建した時の鬼瓦(おにがわら)が使われてるよ。
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