くらし 協力隊通信

■北海道の年末年始
天塩町地域おこし協力隊の鷹尾です。今年の5月に着任してからあっという間に年の瀬になりました。初めての北海道の冬で、毎日新鮮に楽しんだり困ったりしております。
最近、「口取り」という北海道ならではのお正月の食べ物について知る機会がありました。おせち料理や縁起物を模した甘い和菓子で、和菓子屋さんだけでなくスーパーでも販売されるのですね。関東出身の自分にとっては初めて知る食文化でしたので、北海道の「口取り」について少し調べてみました。
歴史的には、もともと本膳料理や懐石料理で供される「口取り肴」「口取り菓子」というジャンルの食べ物が、本膳料理の形式に影響を受けたおせち料理にも引き継がれたものと思われます。「口取り」という食べ物が何を指すのかは地域や時代によってかなり幅があり、かまぼこや栗きんとん、伊達巻きを指すこともあれば、黒豆や数の子のことを言う場合もあるそうです。現代の北海道では練り切りに薄く寒天をかけたお菓子の口取りが主流ですが、東北地方の一部地域では、縁起物を模した練り切りのことを「硯蓋(すずりぶた、口取り肴を盛り付ける器のこと)」と呼ぶそうです。言葉の表現には違いがありますが、指している食べ物は同じですね。東北からの入植者たちや松前藩の慣習が定着したのかな、と予想できます。
天塩町のみなさまはどんな年末年始を過ごすご予定ですか? 私は、今年は北海道の口取りを買って実家へのお土産にしようと思います。天塩川歴史資料館はただ今冬季休館中ですが、小学校で授業形式のイベントを開催したり、資料館ウェブサイトの作成を進めたりしております。来年からもみなさまにお楽しみいただける資料館を目指して活動していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

■北海道に残るトーチカ
皆さん、こんにちは。天塩町地域おこし協力隊・天塩川歴史資料館学芸員の前川です。
北海道には、太平洋戦争中に造られたものの、実際には使われなかった「トーチカ(防御陣地)」が数多く残っています。
私は11月に、学芸職員部会という組織の研修で苫小牧市を訪れ、そのトーチカを実際に見る機会がありました。当時、日本軍はアリューシャン列島での戦い(アッツ島・キスカ島)に負け、アメリカ軍が千島列島を経由して北海道へ上陸すると予想していました。(実際にはソ連軍が攻めてきました。)そのため、北海道東部の太平洋側やオホーツク海沿岸に、敵の上陸を想定したトーチカが次々と築かれました。
研修で訪れた苫小牧市は砂浜と飛行場があり、上陸の可能性が高いと考えられた地域です。もし苫小牧が占領されれば、北海道の中心地である札幌が危険にさらされ、本土爆撃の拠点にされる恐れもありました。そのため市内各地には塹壕や戦車壕などの防御施設が整備され、今もその跡を見ることができます。
結局、北海道にアメリカ軍が上陸することはなく、これらのトーチカは実戦で使われませんでした。しかし、戦争末期の緊張感を物語る貴重な戦争遺跡です。
道内には苫小牧市のほかにも、大樹町、豊頃町、広尾町、網走市、根室市など各地にトーチカが残っています。天塩町においても、戦時における痕跡や町民の暮らしについて町の歴史として後世に伝えるため整理と活用を行っていきたいと考えています。