- 発行日 :
- 自治体名 : 岩手県滝沢市
- 広報紙名 : 広報たきざわ 令和7年12月1日号
■シリーズ市指定文化財の紹介/市指定史跡 餓死供養塔(がしくようとう)
▽概要
江戸時代に米が財政の基盤となり、水稲栽培がおし進められると、寒い気候の盛岡藩(南部藩)ではたびたび凶作・飢饉にみまわれました。なかでも元禄8年(1695)、宝暦5年(1755)、天明3年(1783)、天保4年(1833)の飢饉は悲惨で、これを南部藩「四大飢饉」と称しています。
宝暦5年には19万9千7百石の減作となって収穫皆無の所が多く、藩内全人口の17%にあたる54,227人が餓死し、天保の飢饉は3年から9年までの7年間にわたる大規模なもので、毎年80%以上の減収という未曾有の大飢饉でした。
現在鵜飼狐洞にある供養塔4基は、打ち続く凶作の犠牲になった人々の供養のために建てられたものであり、祖先の苦難の歴史を物語る史跡です。
▽供養塔建立時期
(1)寛政12年(1800年)4月18日建立鵜飼笹森(一本柳)
(2)文化12年(1815年)4月16日建立鵜飼狐洞(現位置)
(3)天保3年(1832年)4月28日建立鵜飼笹森(一本柳)
(4)安政2年(1855年)7月16日建立高屋敷(高屋敷)
餓死供養塔は市内3地域にありましたが、道路拡張整備や耕地整理等の開発行為により現在は鵜飼狐洞に供養塔4基があります。
▽環境整備
地域の皆さまに協力をいただいているほか、令和7年度、(公社)滝沢市シルバー人材センターに「餓死供養塔」周辺の草刈り、植木の剪定など環境整備を依頼し、行事(6月のチャグチャグ馬コ行進行事、8月のお盆など)を迎える前に整備していただきました。
指定年月日:昭和42年3月1日
所在地:鵜飼狐洞367番地
見学:近隣に駐車場はありません。
