- 発行日 :
- 自治体名 : 山形県新庄市
- 広報紙名 : 広報しんじょう 令和7年12月号
■新庄の冬と民話
新庄の冬の暮らしは昔から、雪との付き合いでもありました。新庄に暮らす人々は長い冬の間、囲いろりばた炉裏端で民話に耳を傾け、知恵を分かち合いながら雪と向き合ってきたそうです。このページでは、新庄・最上地方に伝わる民話の記録・保存・伝承を目的に活動されている「新庄民話の会」のお二人に「新庄と民話」「昔の冬の生活」についてお話をお伺いしました。
柿本富壽子(とすこ)さん
昭和20年生まれ
仁田山地区で幼少期を過ごした。
沓澤豊子(とよこ)さん
昭和25年生まれ
沖の町で幼少期を過ごした。
◆新庄と民話
◇お二人が、「新庄民話の会」に関わるようになったきっかけを教えてください
○柿本さん
祖母からよく昔話を語ってもらっていて、民話自体には幼少期から触れていましたが、民話の会に関わるようになったのは、歴史センターで行われていた民話語りへ誘われたことがきっかけです。本会に参加してから、25年近くになります。
○沓澤さん
私は民話の会設立時に他のメンバーから誘われ、そのまま参加し続けています。今年で40年目になります。
◇印象深い民話はありますか?
○柿本さん
「ネズミ浄土」です。善良なおじいさんがネズミの穴に入り、地下のネズミの国(浄土)で歓迎され、宝物をもらって帰ってくるお話ですが、軽快な掛け合いが特徴で、気持ちよく聞いてもらえる民話です。
○沓澤さん
私にとって印象深い民話は「のど焼けだんご山」です。意地悪な姑と、団子を煮て食べようとした嫁が、煮えた熱い団子をめぐって皮肉を言い合うお話です。とんちが利いていておもしろく感じます。
◇お二人にとって民話とは、どのようなものですか
○沓澤さん
民話には、教えが含まれている物語や、とんちが利いている物語が多くあります。知るとためになることもあるので、新庄弁で今後も語り継いでいきたいです。
○柿本さん
祖父母が家庭で民話を語り聞かせていた当時とは違い、スマホやテレビの普及、核家族世帯の増加などで、子どもたちが民話の楽しさを知る機会が減少していると感じています。子どもたちに民話の良さや関心を持ってもらうため、これからも「新庄民話の会」の活動に取り組んでいきたいです。
◆新庄の冬の暮らし
◇お二人が子どもだった頃の、冬の暮らしはどのようなものだったか教えてください。
○柿本さん
私の住んでいた仁田山の辺りは、今のように除雪はされていませんでした。流雪溝もなかったので、屋根から落とした雪がそのまま積み上がっていました。
○沓澤さん
商店では、入り口前の雪を階段のように掘ってあって、それを越えてお店に入っていったことを覚えています。
また、当時は車がなかったため、「箱ぞり」というものを使っていました。荷物や子どもを乗せて移動するのに便利でした。スーパーやコンビニなどがなかったため、買い物は個人商店が主で、家から鍋やボウルを持参して肉屋·魚屋·八百屋などをそれぞれ回っていました。
○柿本さん
私の家では掘りごたつを使っていて、炭や「豆炭(まめたん)」という固形燃料を熱してコタツにいれて使っていました。誤ってぶつかり、靴下が焦げたり、穴が開いてしまったのを覚えています。
また学生時代の頃は、冬の間にバスが通らないので、市街地に下宿をしていました。学校から遠くに住んでいる人は、下宿や寮に入っている人が多かったです。
◇「冬の楽しみ」と言えば、何でしたか?
○沓澤さん
商店からうどんを買ってきて、㆒人用のアルミの鍋に、うどんやネギ、あれば卵や油揚げを入れて煮る鍋焼きうどんが、寒い冬における何よりのごちそうでした。
○柿本さん
お客さんが来たら、餅をついたり、飼っていた鶏や鯉などでもてなしました。加えて、今では餅と言えば正月のものですが、当時はさまざまな行事で食べられていて、それをとても楽しみにしていました。
全国でも有数の豪雪地である新庄では、厳しい冬を家族や地域で支え合い、乗り越えるための知恵が蓄えられてきました。そうして、「民話語り」という形で受け継がれてきました。新庄で培われてきた知恵や経験を、民話を通して知ることで、新たな知見を広げてみませんか。
新庄民話の会では毎週日曜日に、歴史センターで民話語りをおこなっています。ぜひ昔ながらの民話を聴きに来てみてください。
◆新庄民話の会
[語りの部屋]
日時:毎週日曜日午前10時~正午
※12月~翌1月を除く
◎詳しくは、ふるさと歴史センターへ。
【電話】22-2188
