- 発行日 :
- 自治体名 : 福島県いわき市
- 広報紙名 : 広報いわき 令和8年2月号
いわき地域学會 小宅幸一
昭和51(1976)年8月に常磐炭礦西部礦業所が閉山して、常磐炭田における約120年にわたる坑内採炭は終わりを告げました。
炭鉱関係者は、炭鉱の歴史を後世に遺そうと計画。その一方で、いわき市では博物館構想も持ち上がり、その6分野のなかに「石炭」が挙げられました。
しかし、石炭関係者はあくまでも個別の資料館建設にこだわります。地元温泉街にとっても観光誘客のためにもなることから、これを後押しします。昭和56(1981)年4月には、いわき市は自治省の進める「地域経済振興対策」推進地域に選ばれ、石炭資料館建設などについて、国の財政支援を受けられるようになり、常磐地区に建設されることが決まりました。
この際に、湯本温泉の活性化に資するには石炭資料館だけでは弱いと判断され、化石の宝庫いわきのPRを併せ持つよう、昭和57(1982)年7月に自治省の承認を得て「石炭」と「化石」の機能を併せ持った施設として常磐炭礦磐城礦業所跡地に建設することとなります。
オープンは昭和59(1984)年10月。現在は「ほるる」の愛称で、多くの観光客や地元民に親しまれています。
