文化 街なか案内板整備事業 しもつま歴史探訪~砂沼~

鬼怒川は昔、現在のように南北に流れる前、下妻市長塚付近から東に流れて小貝川と合流していました。鬼怒川の流れの変化は砂沼の形成に大きく関わっていると考えられます。砂沼周辺はもともと鬼怒川の旧河道で、流路が変わった後、台地からの水が流れ込み、その出口がせき止められて砂沼の原型ができたと考えられます。また、「さぬま」という名前は江戸時代初期の1683年頃には使われており、当時の地図にも「サ沼」と記されています。

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※次回は「下妻駅」を紹介します。