- 発行日 :
- 自治体名 : 茨城県行方市
- 広報紙名 : 市報なめがた No.246(令和8年2月号)
風土記の郷「なめがた」11
~槻野清泉(つきののいずみ)と玉清井(たまきよのい)~
常陸国風土記に「倭武天皇(やまとたけるのすめらみこと)が、東国遠征の途中、槻野清泉に立ち寄られた。水辺で手を洗い玉を清めささげて、井戸を尊ばれた。そこは今も行方里(なめがたのさと)にあって玉清井という(一部省略)。」(諸説有)と記されています。地元では、一般に「玉清井(たまきよい)」と井戸名で呼んでいます。同地には、「大日本史」最後の編集者で、元東京大学教授の栗田寛氏撰文(せんぶん)の「玉清井」の石碑(大正4年建碑)があります。石碑には「江戸期の『天明の大飢饉(だいききん)』(1782~1788年)の際に、村民が泉を溜池(ためいけ)にした。」と記されています。そうしたことから、昭和10年頃に玉清井の所在地についての論争が起こりました。現在でも、近隣に「玉清井遺蹟」や「槻野清泉石根神社」などの石碑があります。市では、現在地を遺称地としています。
※遺称地とは、古くから遺構や遺跡があったと伝承されている土地(諸説あり)
※玉造史叢第43集(2002玉造町郷土文化研究会)、常陸国風土記(2005講談社学術文庫秋本吉徳著)、鹿行の文化財第53号(2023鹿行地方文化研究会)を参考にしています。
問合せ:生涯学習課(北浦庁舎)
【電話】0291-35-2111
