文化 芸術祭が始まる

◆イズミをさがして 藝大生・田沢陽菜(たざわひな)さんの《象(かたど)る》
東京藝術大学美術学部絵画科准教授 アーツ前橋チーフキュレーター 宮本 武典(みやもと たけのり)

東京藝術大学油画(ゆが)専攻では、桐生をテーマにした研究会を定期的に実施しています。メンバーは大学院生を中心に所属研究室の垣根を越えて集まった20人。皆アーティスト志望ですが、商業的成功よりも旅や文化に関心があるストイックなタイプです。各々スケジュールをやりくりして桐生に通い、今年9月に有鄰館で開催する展示会に向けてリサーチを重ねています。
今回紹介する田沢陽菜さんは青森出身。大学院から藝大に入ったので、初回の研究会で自作のプレゼンテーションをしてもらいました。彼女は映像作品を制作しています。準備したモニターに映し出されたのは灰色の海岸。砂浜には畝のような波形が、ある規則性を持って刻まれており、続くシーケンスでは砂に半ば埋まるようにしてスコップを振るう彼女の姿が淡々と記録されています。
「イルカの骨を探していたんです。」と田沢さん。淋代(さびしろ)海岸でサーフィンをしていた彼女は、漂着したイルカの死骸を見つけ、砂浜に丁寧に埋葬しました。しばらくして掘り返したのですが、どういうわけか一片の骨も見つけられなかったそうです。以来、彼女は海岸を掘り続け、その痕跡はまるで抽象絵画のように地表に波形を描いていきました。
彼女の新作は、8年前に未来へはばたけ山田製作所桐生が岡動物園で亡くなったアジアゾウの〈イズミ〉の足跡をたどるプロジェクトです。昨年末の中間発表では、かつてゾウ舎があった高台から“ゾウの目線”で撮影した夕暮れの桐生の風景を、プロローグとして展示した田沢さん。現在はイズミの故郷・タイへ旅立ち、このゾウがどこで生まれ、どんな経緯で桐生にたどり着いたのか追跡取材を行っています。
田沢さんはジャーナリストではありません。イルカもゾウも、おそらくは彼女自身の〈内なる旅〉の案内人なのでしょう。桐生でイズミと出会えたのは、この若者にとって幸運だったのではと思っています。