その他 歴史散歩 第380回

■農村青少年の学び実業補習学校

暦(こよみ)の上では春を迎える2月ですが、まだまだ厳しい寒さが続いています。農村風景の広がった戦前の毛呂山では、人々は寒さの厳しい季節にもたくましく生活を送っていました。
農家の暮らしは、春から秋にかけて農作業にいそしみ、冬に農作業が少なくなる農閑期(のうかんき)を迎えます。農閑期には、春にむけた農作業の準備や養蚕(ようさん)をはじめとする副業など、忙しい農繁期(のうはんき)にはできない様々な活動を行いました。
農閑期に行われた活動の一つに、明治時代の中頃から広まった実業補習(じつぎょうほしゅう)学校での学習がありました。実業補習学校は、尋常(じんじょう)小学校を卒業した青少年が、働きながら通う教育施設です。その教育内容は、小学校で学ぶ国語や算術(さんじゅつ)などの課程を補う補習教育と、農業や水産業、商業など地域の産業、女性は裁縫などを学ぶ実業教育を受けることができました。農村の実業補習学校では、農作業の担い手であった青少年が授業を受けられるように、農作業の落ち着いた農閑期や夜間に授業を行うことが多かったようです。
現在の毛呂山町にあたる地域では、毛呂村・山根村が合同で東雲(とううん)実業補習学校を設置し、川角村も実業補習学校を設置しました。
東雲実業補習学校では、独自の校舎を持たずに現在の埼玉医科大学病院敷地前にあった東雲高等小学校の校舎を使い授業を行っていました。大正時代の東雲実業補習学校の記録によると、農閑期の12月中頃から学校が始まり、授業の開始時間は、農作業を終えた午後6時から9時に行われています。授業内容は、農業や毛呂山で盛んに行われた養蚕について教えるなど、地域の産業に即(そく)した教育が行われていました。
実業補習学校で行われた実業補習教育は、施設や制度をかえて、戦後に小学校6年、中学校3年の義務教育と新制(しんせい)高校が始まるまで継続します。寒さの厳しい農閑期に開かれた実業補習学校は、農作業に携わる地域の青少年にとって貴重な学習の機会となっていたのではないでしょうか。