その他 こんにちは 町長です

■「いなかのステキ学」を読んで
令和8年がスタートして早一カ月が過ぎました。「光陰矢のごとし」と申しますが時がたつのは早いものだと、年齢を重ねる毎に思う次第です。
さて、最近「いなかのステキ学」という本を拝読し、感銘を受けると同時に勇気もいただきましたのでご紹介させていただきます。この本の著者は、兵庫県多可町(たかちょう)の町長を通算5期務められた戸田善規(よしのり)氏です。戸田氏は現在、町長職を離れ総務省地域力創造アドバイザーなどを務められていらっしゃいます。
戸田氏はこの著書で、東京一極集中の代償の大きさに私たち(いなか)は直面している。若者が都市部に進学・就職する「一方通行」の流れは、地方に「担い手不在」、「希望の喪失」という深刻な影を落とした。そして、東京ブラックホール論という言葉のとおり、地方からヒト、モノ、カネなどを全て吸い寄せてしまう状況の中で、2020年のコロナ禍をきっかけに、テレワークの普及は都市部に集中していた人々に「場所に縛られない働き方・暮らし方」という新たな選択肢を示した。
今こそ、日本社会は「集中から分散へ」という構造転換を本気で模索するべきで、その鍵を握るのが「いなか」の可能性であり、いなかには、広い空間、安価な居住コスト、地域資源(森林・農地・伝統・文化)、そして人と人のつながり、これらは都市部にない「豊かさ」の種である。「いなかに住む」という選択は、もはや脱落ではなく、むしろ「新しい暮らし方」「新しい社会モデル」を探求する先進的なチャレンジとも言える。「いなか」がいま、未来のためにできることは、単に「人口を増やす」という数の目標ではなく「生きていて良かった」と感じられる人生の舞台を整えることではないか。「人の幸せを数える場所」であるべきなのである。
「いなか」は不便で、弱い場所ではなく、柔らかく、深く、しなやかな場所で、むしろ問うべきは「いなか」こそが、これからの時代にふさわしい「暮らしのフロントライン」ではないかという視点だと思う。
都会に出た若者がふるさと(いなか)に戻らない理由は沢山あるが、その一つ一つに丁寧に耳を傾け、いなかの暮らしの形を再構築していけば、いなかは「帰りたくなる場所」になれるはずである。
本当に恐ろしいのは「心の過疎」で、人は減っても笑い声が響く町は元気で、逆に人が残っても心が諦めてしまえば、本当の過疎がはじまる。自分たちの足元に「宝」があることをもう一度信じてみること、そうすれば「心の過疎」は乗り越えられる。地域の価値は、住民が共有する誇り(プライド)の総和で決まる。誇りを育てる仕組みこそが、まちづくりの根幹となる。
以上、戸田氏の提唱する「いなかのステキ学」のほんの一部を紹介させていただきましたが、大変示唆に富んだ内容で、実際の町の首長として経験してきたことを踏まえての実践の論理構成となっています。
私もこの「いなかのステキ学」を学び、実践することにより、「消滅可能性自治体」というラベル貼りに負けない、小鹿野町が「より心豊かなまち」、「より幸せを感じられるまち」として発展していくことを進めて参りたいと存じます。

小鹿野町長 森 真太郎