文化 先人たちの足跡No.311

■「さかえ」を歩いた馬(一)
今年の干支に因み、本号から数か月にわたって、馬に所縁のある名所や地名、伝説や歴史を連載します。
最初にご案内するのは、安食一番地の駒形神社。大台と呼ばれる台地の頂に鎮座していて、栄中学校のすぐ側にあります。
こちらの神社の御神使が「馬」であると教えて下さったのは、栄町文化財審議会委員で、元駒形神社総代の宮本和則氏。馬にまつわる物もお祀りしているとも伺いました。
その後、宮本氏のご仲介で、駒形神社の葛生宮司から、お話を伺うことができました。駒形神社では、馬は神の御使いであり、あるときは、神が現世と神界を行き来するときの乗り物として崇敬されているそうです。
駒形という名称の神社は、東北や関東を中心に分布しており、地域によって祭神はさまざまですが、栄町の駒形神社では、保食神(うけもちのかみ)が祀られています。
江戸時代の印旛周辺の地誌である『佐倉風土記』(1722年成立)には、駒形神社の由緒が次のように紹介されています。

木内宗文が、1300(正安2)年9月の日記で、木内家で駒形神社の祭祀を司ることになった経緯を書き残している。
1111(天永2)年と1112(天永3)年、1151(仁平元)年に、大水と大旱魃が繰り返し起こった。大水のあった1151年9月9日に、大浦廣足という郡役所の長官が、五穀豊穣を祈願するために、駒形山に建立したのが駒形神社で、翌年は大いに稔った。
郡司の大浦廣足は、「これは五穀の神の恩恵であり、これからは皆安心して食事ができるだろう。」と言って、この地域を安食郷と名づけた。

駒形神社の名称の由来が、駒形山に建立されたことにあると書かれていますが、この駒形山について次号では考察します。

問合せ:生涯学習課文化財班
【電話】95-1112