その他 厚木から羽ばたく 熱気人(2)

■遼太郎(Ryotaro)(29)
書道アーティスト
思いを筆に乗せて

プロフィル:1996年生まれ。北小・藤塚中学校出身。東京2020応援プログラム芸術祭「25th OASIS 2020 Osaka and TOKYO」で展示作品に選ばれる。作品は虎ノ門ヒルズビジネスタワー(港区)に展示中。アーティストとのコラボや展示会への出展、書道パフォーマンスなど幅広く活躍。

黒地に金がきらめく衣装に袖を通し、自分で染め上げた帯を締める。大きな筆が墨を吸い込み、思いのままに紙を彩っていく。「衣装も含めて作品だ」と話すのは、書道アーティストの遼太郎さんだ。

▽表現との出合い
書道との出合いは小学3年生の時。友人に誘われ、教室に通い始めたのがきっかけだった。初めての書道に胸を高鳴らせながら、筆の持ち方や座り方などの基礎を学んだ。厳しい指導に一緒に始めた友人は辞めてしまったが、遼太郎さんはうまく書けない文字が書けるようになる楽しさや、級・段位が上がる面白さに魅了されていった。
6年生で通った新たな教室では、感情や情景を文字で表現する大切さを教わった。「教科書通りに書くだけが正解ではない」と、新しい世界観に驚き、さらに書道にのめり込んだ。書道の奥深さに気付かされた遼太郎さんは、作品の制作に力を入れ、展示会への出展を始めるなど秘めていた可能性を広げていった。

▽心に響く作品を
一つの作品を作り上げるのに、1年から2年ほどの時間をかける遼太郎さん。何度も何度も書き直し、パズルのように一画ずつ組み合わせて思いを詰め込んでいく。「作品に込める表現や気持ちは、いろいろなものに触れ合って生まれる」。日常生活やふらっと訪れた土地の景色などからインスピレーションを受け、作品につなげている。「一文字一文字が組み合わさって完成した作品を見た時、自分でも驚くことがある」と楽しそうに話す。
書道アーティストとして転機が訪れたのは2020年、東京オリンピックの応援プログラムとして開催された芸術祭への参加だった。もともと制作していた作品の「響動(どよめき)」という言葉が大会の歓声や人々の感動にぴったりだと感じ、作品を応募。世界中から集まった約一万点の中から審査を通過し、多くの人の目に触れることになった。遼太郎さんは「著名な芸術家も多く出展していた中、選ばれてうれしかった。恩師に喜びの報告ができた」と振り返る。以降、アーティストとのコラボや東京での展示会などに声がかかるようになり、活動の勢いは増していった。

▽筆が紡ぐ縁
「こどもたちに書道を通じて、夢を思い描くきっかけを与えたい」。自分の作品の魅力はメッセージ性の強さだと話す遼太郎さん。全国の小・中学校で書道パフォーマンスや講演会の他、市内でも展示会開催などを通じ、アートとしてだけでなく人の心に寄り添う言葉として書を届けている。
「いろいろな情報があふれる中、自分のやりたいことが不明瞭になっている人が多いと思う。自分の作品や言葉で背中を押すことができればうれしい」。笑顔を見せる遼太郎さんは、これからも筆に思いを乗せて作品を書き続ける。

■島津 リノ(18)
厚木王子高校 ソフトボール部
みんなでつかんだ日本一

プロフィル:2007年生まれ。広島県出身。厚木王子高校ソフトボール部に所属し、外野手・投手として活躍。2025年夏のインターハイでの活躍により、10月に開かれたソフトボール女子U18ワールドカップの日本代表に選ばれた。

「辛いこともあったけれど、みんなで日本一になれて良かった」。選手たちの、はつらつとした声が行き交うグラウンド。厚木王子高校の島津リノさんは、投打で活躍した7月のインターハイ優勝を笑顔で振り返る。

▽頂点を目指し神奈川へ
広島県で生まれ育った島津さんは小学1年生の時、兄の影響でソフトボールチームに入団。「捕って投げるのが楽しかった」と夢中で白球を追い駆ける日々を過ごした。中学生になると、高いレベルを求めて自宅から離れた学校へ進学。2年時には、全国大会で3位の成績を収めた。卒業後の進路を決める時、監督の勧めで厚木商業高校(当時)を見学した島津さん。全国大会を制した選手たちのプレーや熱気を目の当たりにして、「かっこいい。私もここで日本一を目指したい」と胸を弾ませ、入学を決めた。
2023年4月、神奈川県での新生活がスタートした。学業や部活動との両立で苦労したが、仲間や先輩などのサポートを受けて毎日の練習に励んだ。試合には1年生から出場し、順調に経験を積んだが、2年生春の試合中に他の選手と交錯。靭帯(じんたい)断裂の大けがを負って、半年間プレーできない日々を過ごした。「悔しい気持ちがあったけれど、周りの人の声を支えに乗り越えられた」。辛いリハビリを耐え抜き、翌年1月に復帰を果たした。

▽念願の舞台で躍動
高校生活最後の春。インターハイを目指す戦いでは、初戦から持ち前の打力が火を噴いた。決勝まで、相手に一度もリードを許さず勝ち星を重ねた。しかし決勝戦の直前、アクシデントが起きた。エース投手が負傷して、島津さんがマウンドに立つことになったのだ。「公式戦では初めての登板。今までで一番緊張した」。試合では、序盤から、相手打線につかまり先制を許した。苦しい展開が続くも、仲間が取り返して延長戦に突入した。「インターハイに必ず行く」。奮起した選手たちの思いが一つとなって逆転し、念願のインターハイの切符をつかんだ。
「全国大会は楽しく投げられた」。勢いに乗った島津さんは、全国の初戦で完全試合を達成した。チームも波に乗り、決勝ではタイブレークの末にサヨナラ勝ち。悲願の日本一を勝ち取り、チームメートと肩を抱き合って喜びを分かち合った。
大学でもソフトボールを続ける島津さん。「厚木王子高校で学んだことを生かして活躍したい」。これまで培った自信と自らの武器を磨き続け、次のステージに向けて歩みを進める。