文化 ふるさと散歩道

■第374回 文化財編(51) 泰平の世、先人の教えが導く微笑
中国南北朝時代、梁(りょう)・武帝の勅命で双林寺を開いた傅大師(ふだいし)は経・律・論(三蔵)の仏典を網羅した大蔵経(一切経)の閲覧に便利な「転輪蔵(てんりんぞう)」という回転式書架を備える経蔵を創始し、後に笑みをうかべる子の普建(ふけん)・普成(ふじょう)とともに経を守る尊像として経蔵に安置されるようになりました。
さて、彼らが活躍した6世紀、東アジアの仏教は成熟期に至り、日本にも伝来して急速に展開します。しかし、日本各地の寺院が完全な大蔵経を入手して宗派を超えた仏教研究が進むのは、黄檗宗(おうばくしゅう)宝蔵院の鉄眼道光(てつげんどうこう)が明(みん)の万暦版(ばんれきばん)大蔵経を覆刻し、天和元年(1681)に『黄檗版大蔵経(鉄眼版)』全6930巻の版木を完成させてからのことでした。
現在、平等会寺の経蔵には明治39年(1906)に下河端村の八田氏が金沢市の妙国寺から譲り受けて寄進した大蔵経が大切に保管されています。宝蔵院の記録では宝暦12・14年(1762・64)に妙国寺に全巻納入したことのほか、鯖江市域では安永5年(1776)に西光寺に、享和2年(1802)に誠照寺にそれぞれ一部を納入したことが確認できます。
悠遠の時を超えた智慧(ちえ)と慈悲の教えが永い泰平の下支えとなったように、心が波立つとき、先人の言葉に耳を傾けると新しい道が見えてくるかもしれません。

◇令和7年度指定の市指定文化財(2)
平等会寺一切経 附木造傅大士像および二童子像(平井町)
木造如来坐像、木造神将形立像、木造男神立像(下新庄町)

来月からは市内に伝わる伝承や伝説をご紹介していきます。